2021年02月01日

銀背(ハヤカワ・SF・シリーズ)の小ネタ

今から35、6年ほど前、高校生だった私は80年代のSF小説にあまり馴染めず、古本屋で300円から500円くらいまでのあまり高くない値が付けられていた新書“ハヤカワ・SF・シリーズ”を買って読んでいた。ご存じない方のために説明すると早川書房が昭和32年12月から昭和49年11月にかけて発行していたポケミス(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)のSF版で、背表紙が銀色であることから通称「銀背」と呼ばれていた。このシリーズでは「銀背」の他にも「金背」といって金色の背表紙を持つ古典SF作品もあるのだが、特に意識して分けない限り「銀背」と呼べば「金背」の作品も含むと考えてよい。

読み終えた銀背を本棚に並べて眺めていると、背表紙の六角形をしたシンボルマークに〈HF〉と〈SF〉の2種類があることに気がついた。どうやら「ハヤカワ・SF・シリーズ」は当初「ハヤカワ・ファンタジイ」というシリーズ名で発行されていたことがあり、〈HF〉はその略称だったようだ。今はもう無いシリーズ名だと思うと妙に〈HF〉マークの銀背が貴重に思えてきた。高校を卒業し、大学入学・就職と月日が流れるに従って昔せっせと集めた銀背も本棚の肥やしとなり少しずつ処分してしまったけれども、〈HF〉マークが付いた銀背は手放す気になれず、今日まで手許に残っている。

何年か前に銀背のあれこれについてネットサーフィン(※死語)していると、銀背の研究や分析をしている人が世の中にたくさんいることを知った。特に大森望氏のホームページで紹介されている「◎叢書の研究1 ハヤカワSFシリーズ(ハヤカワ・ファンタジイ)」などは、なぜこの作品がこのタイミングで刊行されたり重版がかけられたのかが判りやすく丁寧に解説されており、こういう視点があったのかと目からウロコが落ちる思いがした。雨宮孝氏のホームページの出版社索引下に纏められている「早川書房/ハヤカワSFシリーズ 1957-1974年」などは初版刊行年ごとに区切られた抜群の分かりやすさに加えて作品名をクリックすれば関連する掲載書などもわかる。おかげさまで、とある作品について調べ事ができ「この一本のために紙本を買わなきゃいけないのか……古書価格も総じて高いなぁ」と思っていたものが、実は自分の積読SFマガジンに掲載済みだったことがわかって注文せずに済んだという事が二度三度あった。安田ママ氏のホームページ下にあるダイマジン氏のコラム「《ハヤカワ・ファンタジイ》大図鑑 その1」は〈HF〉の頃の初期9冊の初版極美品であろう、帯つき・書名入り刷り函の書影を惜しげもなく公開してくれている。眼福という他ない。

まぁそんなこんなで先人の研究者による教示を拝読しつつ、手許に残った銀背や欠けたナンバーを補完しようとオークション等の出品画像を見比べているうちに、あの〈HF〉マークの「ハヤカワ・ファンタジイ」が〈SF〉マークの「ハヤカワ・SF・シリーズ」に切り替わったタイミングがだいたい解ってきた。端的にまとめると次のようなものである。
  • 「ハヤカワ・ファンタジイ」だったのはNo.3031の「最終戦争の目撃者」(1962年3月15日発行)までで、次のNo.3032「太陽の黄金の林檎」(1962年4月30日発行)から「ハヤカワ・SF・シリーズ」となった。
  • その際、表紙下部の黒帯の白抜き文字は「A HAYAKAWA POCKET FANTASY BOOK」から「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」へ、背表紙のシンボルマークは〈HF〉から〈SF〉に変更された。
  • だがNo.3032「太陽の黄金の林檎」の初版ではデザイン変更の手が回り切らなかったのか背表紙のマークだけが〈HF〉のまま残っている。
私個人としては高校生の頃の〈HF〉の疑問が無事に解決してめでたしめでたしである。ところが、確信を得るために銀背の蔵書やオークション等の出品情報で得たデータをExcelで整理しているうちに、新たな疑問が3つほど生じてきた。こちらはもう別に解決を望む気もないが、広大なネットのことだから何らかの天啓を欲している方がこのページを見てヒラメキを得るやもしれぬと思い、無責任とは重々承知の上でも問題提起だけ書き記しておくことにしよう。


ひとつは、通しナンバーが後の本が前の本より先に発行されているケースがいくつもあること。権利処理等に遅れが生じて発行予定がズレたのだろうか。
ちなみに最初の100巻あたりまでの中でナンバーと発行年月日の昇順が入れ替わっている巻には下記のようなものがある。
  • No.3011「時間溶解機」(1959年3月31日発行)>No.3010「宇宙病地帯」(1959年5月31日発行)
  • No.3024「刺青の男」(1960年11月30日発行)>No.3023「海底牧場」(1960年12月15日発行)
  • No.3043「宇宙恐怖物語」(1962年12月31日発行)>No.3042「アーサー王宮廷のヤンキー」(1963年1月31日発行)
  • No.3057「地底旅行」(1963年10月31日発行)>No.3056「宇宙戦争」(1963年11月15日発行)
  • No.3063「天の光はすべて星」(1964年2月29日発行)>No.3062「第四間氷期」(1964年5月31日発行)
  • No.3069「破滅への2時間」(1964年5月31日発行)>No.3068「虎よ、虎よ!」(1964年6月15日発行)
  • No.3091「ソラリスの陽のもとに」(1965年7月25日発行)>No.3090「裸の太陽」(1965年7月31日発行)
  • No.3093「勝利」(1965年8月20日発行)>No.3092「闇よ、つどえ」(1965年8月31日発行)
  • No.3097「明日を越える旅」(1965年9月25日発行)>No.3096「18時の音楽浴」(1965年9月30日発行)……etc.


ふたつめは、奥付に貼られている検印証紙の廃止基準についてである。
検印証紙を初版の段階で最も早く廃止したのはNo.3037「地球の緑の丘」(1962年7月31日発行)だった。そのあともNo.3038「人間の手がまだ触れない」(1962年9月30日発行)、No.3043「宇宙恐怖物語」(1962年12月31日発行)、No.3048「ロスト・ワールド」(1963年5月31日発行)、No.3054「われはロボット」(1963年9月15日発行)、No.3056「宇宙戦争」(1963年11月15日発行)、No.3061「わが手の宇宙」(1964年2月15日発行)……と検印を廃止しているケースが散発的にみられはするものの、1964年初頭まではまだ奥付に検印証紙があるケースが多かった。この期間に発行されている銀背では再版の場合も初版同様に証紙ありというケースが見られる。

これが1964年5月以降になると検印廃止が基本方針となり、検印証紙を続けているほうが希……という逆転現象が起きている。1964年5月以降に発行された銀背で初版奥付に検印証紙が用いられているものを挙げてみると、No.3068「虎よ、虎よ!」(1964年6月15日発行)、No.3071「妖精配給会社」(1964年7月31日発行)、No.3076「審判の日」(1964年11月15日発行)、No.3078「高い城の男」(1965年2月15日発行)、No.3095「準B級市民」(1965年9月15日発行)、No.3097「明日を越える旅」(1965年9月25日発行)、No.3096「18時の音楽浴」(1965年9月30日発行)……と、あるにはあるが数える程しかないと言ってもよい。

これらを時系列で見れば何年何月の発行を境に証紙のあるなしを分けられるものと思っていたが甘かった。日付はもちろんのこと、作者・訳者の国籍も証紙の有無には無関係のようであり、検印廃止か否かの線引きの基準が何も思い当たらないのである。1965年以降の銀背では検印証紙が完全撤廃されたのかといえばそうでもなく、No.3046「人間以上」は1965年1月31日発行の再版でも検印証紙を用いている。No.3065「華氏451度」は1967年7月31日発行の再版に証紙があり、同年10月31日発行のNo.3033「タイム・マシン」は第7版を数えてもなお証紙が健在である。そして驚くなかれ、No.3096「18時の音楽浴」の再版に至っては1972年6月30日発行(銀背の最後を飾るNo.3318「殺意の惑星」刊行の2年前!)にも関わらず検印証紙が用いられているのである。


みっつめはNo.3046「人間以上」のレア版存在疑惑について。
先に触れたとおり1962年4月30日発行のNo.3032「太陽の黄金の林檎」以降、銀背では表紙下部にある黒帯の白ヌキ文字は「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」で統一されているが、No.3046「人間以上」の第4版(1969年2月28日発行)では誤ってハヤカワ・ポケットミステリの版下を使ってしまったのか、白ヌキ文字が「A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK」となっている。背表紙や裏面は従来のハヤカワ・SF・シリーズと変わりはない。

SF_Ginse.jpg
(※上記の画像は2017年12月8日 20時30分に落札されたヤフオクの出品画像である)

たまたまネット上で画像を見かけた後、まさかコラ画像ではないだろうとは思いつつも、確認のためAucfreeで過去の出品事例を検索してみたところ、ヤフオクでは2015年6月から2021年1月までの5年8ヵ月の間にハヤカワ・SF・シリーズの「人間以上」が31件落札されており、そのうち5件落札されていた第4版(1969年2月28日発行)のすべてが「A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK」であった。一方で、初版(1963年4月30日発行)10件、再版(1965年1月31日発行)6件、第3版(1967年6月30日発行)3件、第6版(1971年6月30日発行)7件はいずれも「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」となっている。

またメルカリでは3件がヒットしたがそれぞれ2版・3版・言及なしで、表紙の文字はいずれも「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」。「日本の古本屋」では画像確認がほとんどできなかったが、在庫なしも含めてヒットした17件の版数の内訳は初版8件・再版2件・第3版1件・第4版3件・第6版2件・言及なし1件であった。

これらを統合して考えると、まず銀背「人間以上」の第4版だけがポケミス仕様になっていることは間違いなく、またネット上での取引が確認できる51件のうち最も多いのは初版で35.3%、次いで多いのが再版と第6版で各17.6%。第4版は第4位で15.7%、そのあと第3版の9.8%と続いている。市場への露出度だけ見れば、問題の第4版はそれほどレアとはいえず、ヤフオクでの落札価格も290円~500円と極めて大人しいものであった。

……はて、第5版が一冊も検索に出てこないのはどういうわけか。もしや、第5版のほうがよっぽどレアな存在なのではないだろうか?
たとえば第5版を刷ったあとになってポケミス仕様になっていることが発覚し、回収の憂き目に遭ったのではないだろうか……などと余計な邪推が脳裏をよぎる始末。もし銀背「人間以上」の第5版をお持ちの方がいらっしゃれば、表紙の白抜き文字がSFシリーズかポケミスなのか、コメント欄にてご教示賜れれば幸いです。


【追記】
ポケミス仕様「人間以上」第4版の発行日と同じ1969年2月28日には他にNo.3028「超能力エージェント」第4版やNo.3051「墓碑銘2007年」第3版、No.3061「わが手の宇宙」第3版、No.3071「妖精配給会社」第4版なども発行されているが、表紙の白抜き文字はいずれも「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」であった。今のところポケミス仕様の表紙が見られるのは「人間以上」第4版だけのようである。
posted by 猫山れーめ at 20:24| Comment(0) | 古書(SF) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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