2020年04月09日

「PZFジェット機」は本当に誤植だったのか

2006年12月29日(コミケ71の1日目)合わせで「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃 作品解題」を発行した際、可能な限り原本の表記を忠実に再現するという方針をとったので、明らかな誤植であってもそのままテキストに起こした。
ふつう全集などの巻末で複数の作品を個別に解説していく「作品解題」を誌名にしたのは、今にして思えばくだらない考えすぎが発端だったと記憶している。
ほぼ20年ぶりに他人の著作物を再録した同人誌を作るのにあたり(※これ以前に私が他人の著作物を復刻したオフセット同人誌には漫画家の寺島令子先生の学生時代の作品を再録した1988年8月1日発行「寺島令子初期作品集」があった)、これを建前上は私の著書(映画研究書)とし、脚本はその参考資料として採録する形をとったほうが、何かあったときに関沢新一サイドに迷惑をかけずにすむのではないか……とその時は考えたのだ。当時の窓口であった日本シナリオ作家協会に問い合わせて、脚本を採録するのに映画製作会社から許可を得る必要はないと確認ずみではあったが、晩年の関沢氏がこの話題から避けていた様子を他の作家の著作から2例見かけていたこともあって、思わぬ方面から揚げ足を取られることが無いよう著作権法やら判例やらを調べまくって自己防衛にも努めていた。

私自身は「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」を見たことが一度もない。中学生のころガンプラに惹かれて手に取った1981年夏の朝日ソノラマ「宇宙船」vol.7をリアルタイムで読んでいながら、そこに大きく掲載されている怪ロボット・ダレスのスチル写真は「古典SF洋画のロボットだな」と思い込んで読み飛ばしていたくらいだった。
その後、大学生となって図書室の書庫に入ったとき「朝日新聞縮刷版」の存在を知ると、失われたはずの過去のテレビ番組がそこに息づいているのを見てすっかりイカレてしまい、毎日のように書庫へ入り浸るようになり、やがて色々なドラマのサブタイトルリストを作り始めた。余談だが、この当時に毎週○曜日の○面に該当するページを何千日分もめくり続けていたおかげで、今でも7日おきの日付を頭の中でスムーズに思い浮かべることができる。そうしているうちに朝日新聞縮刷版の昭和31年11月号のとあるページで今まで見たこともない特撮映画の広告が目に入った。そこには「M87星雲が地球を総攻撃!」という惹句が踊っている。「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」という身も蓋もないタイトルに、私はなぜか強く興味を惹かれた――

――どうも「記憶をたどりながら書く」と話が脱線していけない。要は、その後「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」は脚本を読んだ限りでは面白そうなのになんだか不当に評価を貶められているのはなぜだろうと感じ、文献を調べていくうちに、どうやら今では映画を実際に見て評価できないらしい、それで公開当時のキネ旬の映画評でケチョンケチョンに叩かれてるからみんな右へ倣えしているようだ(評価の内容が似通っていて、なかには孫引き・曾孫引きらしきものまである)、でもキネ旬のバックナンバー辿ったらこの戸田隆雄ってひと戦前から辛口批評ばっかりしてるじゃないか、大伴昌司も1969年の「世界SF映画大鑑」でケチョンケチョンだけどどうやらテレビで見ての感想らしいし、成熟した60年代SF映画と比べて語るなんてフェアじゃない、こういう流行・トピックスに便乗した映画=いわば「トピック・ムービー」は時代を問わない永遠の視点から値踏みするのではなく、1956年当時の大衆ニーズという視点から価値を見直さなきゃいけないんじゃないだろうか?……そういう動機から始まって、脚本を復刻して多くの人が手軽に読めるようになれば、再評価につながるんじゃないかと思ったのである。

「日本初期SF映像顕彰会」という名称も、個人で当時の関係者等に手紙を出しても相手にされないと思って考えた架空の団体名だった。言ってしまえば独り親方である。主演の高嶋忠夫を含め、所属事務所がわかる関係者には可能な限り手紙を出したが、返事は1通もこなかった。「作品解題」は200部印刷したが、コミケ71で売れたのは80冊だった。これでもよく売れた(「売れる」=大切なお金を払ってでも興味を持ってくれる人がいる、と私は認識している)と思うが、当時は120冊を持ち帰ることになり呆然としたのを覚えている。その後、特撮関係の本で名前を見かけるライターの方々へ、無礼にも一方的に「読んでください」と郵便で送りつけたり、専門書店に委託させてもらったり、小規模なSF関連の集会で手売りしたりして、少しずつ在庫を減らしていった。とあるライターの方から「興味があるので通販方法を教えてください」と連絡があり、日本中誰もが知るビッグネームの方だったので舞い上がって「先に本を送るので届いたら代金をお願いします」と送ったら、贈呈されたと思われたのかお金を払ってくれなかったこともあった。完売するまでの期間はよく覚えていないが、コミケ74終了時の記録では在庫12冊、コミケ75では販売実績の記録がないので、複数のイベントに参加費と旅費を払い積極的に参加して何とか2年で片づけたようだ。

また脱線してしまった。「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃 作品解題」発行から11年が過ぎた2017年12月30日(コミケ93の2日目)、今度は主従を逆転させることなく「著:関沢新一」として正規の脚本集「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」を発行することにした。11年の間に関沢新一の著作権管理は日本シナリオ作家協会から個人弁護士事務所に移っていたが、幸いにも許諾を得ることができた。
私が2011年から始めた新書版での同人誌では、これまでのB5判同人誌が出典元の資料性を第一に考えて旧字旧かなはもちろん誤植も忠実に再現しており、それがかえって今の読者と古典作品との間に壁を作っているのではないかと反省した結果、誤植や旧字旧かなを私個人の責任で改めることにしたシリーズでもある。所有していた「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」の台本は誤植だらけだったので、これを改めることは脚本家の本意にも添うことだと思っており、迷いは無かったのだが、ある部分のセリフで私のタイピングの手はハタと止まってしまった。「PZFジェットって何だ……?」

FSFA_PZF.jpg

決定稿の中で、東京のどまんなかに現われた円盤を牽制するために三機編隊のジェット機が飛んでくる。これをおそらく自衛隊員が「只今、PZFジェット三機、間もなく上空に現れます」と知らせてくるシーンである。
私はミリタリーに詳しくないので当時そういう略号の軍用機があったのかもしれないと考え「PZF」というジェット機を検索してみたがヒットしない。もちろん対戦車兵器パンツァーファウストでないのは明らかなので除く。酣燈社の1955年版「世界航空機年鑑」を取り寄せてみたところ、Pで始まるのは米海軍の哨戒機だとわかったが、次のZを使う会社記号がない。仮にZが2の誤植で「P2F」だったら「グラマンが2番目に製造した哨戒機」という意味になるらしい。劇中ではこれがジェット機の3機編隊で、円盤をかすめて飛ぶという描写からちょっと違う気がする。レシプロ機のP-36 ホークは1954年には全機退役している。
このセリフは準備稿だと「只今、所沢の極東米空軍基地より連絡がありました、ジェット機三機円盤偵察のために出発、まもなく上空に現れるとの事です」となっている。もし「PZF」が「極東米空軍基地」の略称であれば辻褄が合うはずだ。検索したところ昭和31年当時の所沢にあったアメリカ極東空軍の略称はFEAF(Far East Air Force)だった。私はガックリした。やはりこれは肉筆で書かれた縦書きの「F86」が「PZF」に見えてそのまま活字を組んでしまったものなのか……。決定稿では三機のジェット機がどこの所属の機かについては触れられていない。F86-Fはこの頃には既に自衛隊に配備されている。当時のTBSの特撮SFテレビドラマ「遊星人M」の第10話でも「現にアメリカでは最新鋭・高性能を誇るスターファイターというジェット戦闘機も、ミサイルすなわち誘導兵器のナイキ、ファルコン、スパローさえも円盤の前には何の効力も発し得なかったといわれています。ましてや我が自衛隊の保持するF86F戦闘機が要撃に向かったとて……」というセリフがある。当時の日本人にはそれなりに馴染みのある名称だったはずだ。

私は腹を括って、このセリフを「只今、F86ジェット三機、間もなく上空に現れます」に改め、印刷所に入稿した。

新書版を発行してしばらく経つと、将来『空飛ぶ円盤恐怖の襲撃』がブルーレイなり劇場公開なりで見られるようになったとき劇中で『ピー ゼット エフ ジェット』と発音されていたら……という想像が私を悩ませるようになった。さらにアメリカ版Wikipediaを調べたところ所沢にあったFEAFに属する一部門として太平洋空軍(Pacific Air Forces)があったということも知った。「PZF」は「PAF」の誤植なのか、それとも実在の軍隊の名称を避けてわざと「PZF」と書いたのだろうか。

私としては一語たりとも軽い気持ちで選んではいない。その時その時での最善を尽くしているつもりである。誤植と判断した時は、それなりにそう判断できる材料が少しだけ他を上回っていたのだ。JESFTV第2号で「大怪獣ゲボラは撮影されていないのでは」と問題提起した時も、撮影されていたという証言の存在を知らなかったのだ。ただ、私が事実誤認をしたおかげで貴重な証言を教えてもらえることができたのは怪我の功名であったかもしれない。

この今でも私を煩悶させ続けている爆弾を孕んだ新書版脚本集「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」は、残酷なことに(2021年4月の時点で)まだ50冊ほど在庫が残っている。
posted by 猫山れーめ at 03:00| Comment(0) | 空飛ぶ円盤恐怖の襲撃 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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