2020年03月30日

TV エノケンの孫悟空 全話レビュー/第二回

放送日:1957.1.13(日)19:30-20:00
作・構成:井崎博之、岡田教和/音楽:若山浩一/企画:電通ラジオ・テレビ企画第二部
演出:鈴木利泰/フロアマネージャー:吉沢比呂志、政田一喜/テクニカルディレクター:吉本琢也、カメラ:坂本晃(一カメ)、木村忠雄(二カメ)、武谷雅博(三カメ)、成田哲雄(CCU)/オーディオ:吉田昭之助、須賀良浩/効果:金川勝利/照明:吉井澄雄/テレシネ技術:桜井芳裕/美術:出口雄章/美術進行:芦田光長/小道具:高橋俊一/化粧:小松英子/かつら:細野/衣裳:山我幸江/ミニチュアー:劇団かざぐるま
出演:榎本健一(孫悟空)、音羽美子(玉英)、武藤英司(玉英の父・椀丹)、中村是好(仙人)、武智豊子(婆や)、如月寛多(こわそうな男)、映演プロ(佐藤圭司、鈴木健次郎、村田茂夫、村井正子、土屋清美(村の男女))

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海の上で歌いながら舟を漕いでいるいる悟空。ようやく西牛賀洲に上陸したものの仙人はどこにいるのか分らず、歩きつかれて山門の横にへたり込んでしまった。ちょうどそこへ怖そうな男が通りかかったのを見た悟空はその男に仙人の居所を尋ねてみたが、なんと男は「教えてほしければ猿の生き肝をよこせ」と刀を抜いた。驚いてその場を誤魔化して逃げ出す悟空だったが、男はしつこく追ってくる。柿の木の上に逃げ込んで籠城戦を始めた悟空と、木の下でしつこく粘る男。さながら猿蟹合戦のような騒ぎとなり村人たちが集まってきた。その中の一人、村娘の玉英が男に話を聞くと「エテ公の分際で妖術を習いに来たと生意気なことをぬかしやがるから生き肝を取ってやるつもりだ、猿の生き肝は高く売れるからな」とのこと。悟空を可哀想に思った玉英は男に120パウンドの金を渡して帰らせ、木の上の悟空には生き肝は取らないから安心して降りてくるように呼びかけた。思わぬ美人に助けられ、照れくさそうに礼を言う悟空。玉英から、仙人の住む山西洞はここから百里もあるため今晩は泊っていくよう勧められた悟空は「どうも話がうますぎるな、ひょっとすると夜中に寝首をかかけて生き肝を……」と疑いつつも玉英についていく。

夕暮れになり玉英の家に着いた悟空は「来々亭」という表札を見て玉英の家業は中華ソバ屋かと尋ねるが、これは玉英の苗字だとのこと。玉英は「お父様に話をしてくるから」と悟空を玄関先に待たせて家の中に入っていく。しばらくすると家の中から「バカヤロー!」と怒鳴り声。窓から覗いてみると玉英が父親の椀丹からこっぴどく叱られている。椀丹は「猿の生き肝は百薬の長であることはお前も知っているだろうに、せっかく捕えておきながら、逆に高い金を払って逃がしてやったとはどういうわけだ……」と言って怒っているようだ。どうやら玉英は悟空のことを椀丹に話したところ、椀丹も生き肝を取ると言い出したので慌てて「逃がしてしまった」と取り繕ったようである。事情を察した悟空がその場をそっとその場を後にした。

夜の山道を歩きながら悟空は、猿だと馬鹿にされたり気安く生き肝を取られそうになった事で人間に対し憤りを覚えつつも、玉英の優しさに対しては深く胸に沁みるものを感じていた。星空を見て故郷の水簾洞を思い唄を歌う悟空。

朝の山西洞――ここは遠く峻険なる岩山の上に建つ仙人の館。仙人が鳥かごの鳥に餌を与えていると召使いの婆やがあたふたとやってきて「お師匠様、ただいま妙な者が参りまして、是非ともお師匠様に会わせろと」「わしは留守じゃよ」するといつの間にか勝手に入ってきた悟空が文句をいう。「留守だなんて、ちゃんといるじゃありませんか。居留守つかっちゃ、ちゃっこいよ」「何て図々しいんだろう。シーッ、早く出ておいき、シーッシーッ」「おいら犬じゃねえんだい!」「まァ婆や、お前はさがってよろしい」実は仙人は、悟空が十年前に水簾洞を出た時から、悟空がここへ来るであろうことを知っていたのだ。「妖術の会得には忍耐が必要だが、お前には忍耐がなさそうじゃ……」と渋る仙人を説き伏せ、妖術を習うことを許される悟空。
それから二十年の月日が流れた。仙人の家でろくなものも食べさせられず薪割りをさせられている悟空が「いつになったら妖術を教えてくれるんだろう……」と愚痴をつぶやいていると、どこからか旨そうな匂いがただよってきた。匂いに引き寄せられて仙人の居間に来てみると、仙人がテーブル一ぱいの御馳走を食べている。「お師匠様一人でこんなに召し上がるなんて、ちゃっこいよ」「何がちゃっこい。行儀の悪いやつじゃのう」「行儀なんて言ってられませんや。衣食たって礼節を知るですからね。何しろ食い物のうらみは恐ろしいですよ」「ははは、よし、では今日は一つお前にもこの御馳走をたべさせてやろう。さあ、これをお食べ」仙人から差し出された支那まんじゅうを悟空が手に取ろうとすると、皿の上のまんじゅうが消えてしまう。更に仙人から勧められてうどんの鉢を受け取ろうとすると、うどんも消えてしまう。困惑する悟空に仙人は「ははは、御馳走が食べられんようじゃまだ修行が足らん」と言って薪割りを続けるよう諭す。
仙人の庭で薪をヤケ気味に割りながら悟空は黙々と考えていた。「お師匠様の留守中に内緒で引き出しの巻き物を読んじまったほうが早いかもしれない……そうして妖術が使えるようになったら可愛い玉英にも錦を飾って会えるというもんだ……玉英はいまごろどうしているんだろう……」悟空はなかば陶酔ぎみに玉英を想う唄を歌い、うっとりとして玉英の幻影に抱きつく。「何をするんだい、イヤラシイ!この馬鹿もの!」玉英かと思いきや仙人である。「ありゃ!?お師匠様すいません――」

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【解説】
ミニチュア使用シーンは海上の小舟に乗っている悟空、三日月(スクリーンプロセス指示があるため種板に使うためのものか)と山西洞の遠景、夜空。テロップカードは陸の遠景、西牛殿の遠景、西牛殿の山門。舟の上で悟空が歌うシーンと、玉英家から逃れた悟空が歩く山道はスクリーンプロセス。
御馳走のシーンはあるが中華なので不二家のお菓子はナシ。悟空が水簾洞を想う唄のシーンで「不二家のフランスキャラメル」のテロップをインサートする指示がある。
原作に添って丁寧に描こうとしているせいか、一向に悟空の痛快な活躍シーンとならないのが当時の視聴者をやきもきさせたことであろう。とはいえ猿の身であることから受ける差別や虐待描写をこまめに積み上げていくことで、天上界で暴れたという悟空の心情の掘り下げや、視聴者の共感を呼び込もうという演出意図があるのも理解できる。毎日新聞1956年12月15日の記事によれば前半の悟空誕生のいわれについては呉承恩の原作を忠実に脚色し、三蔵法師に従って旅に出る後半は自由な創作にするプランだったとのこと。この点、開始3話目で三蔵とお供の3匹が揃い、残る23話分を自由な創作に充てた1978年版「西遊記」と比較してみるのも興味深いかと思う。
もちろん本作第1クールも原作にはない創作部分は多い。妖術を習う決心をした動機がタヌキに化かされたからという描写は原作にはないし、今回の西牛賀洲に上陸してから怖そうな男に生き肝を狙われたり玉英に助けられたりする展開もオリジナルである。玉英の父親の名前は配役表では「椀円」と記されており、放送当日の日刊スポーツのラテ欄にも「椀円」と活字が打たれているのだが、台本の本文では「椀丹」となっている。劇中、玉英の表札を見て中華そば屋と勘違いした悟空が「ワンタンとかラーメンとか……」と口走るセリフがあることから、ワンタンのもじりである「椀丹」が正しい役名であろう。
セリフに何度か「ちゃっこい」という表現が出てくるのは茨城などの方言で「冷たい」の意らしい。
posted by 猫山れーめ at 18:35| Comment(0) | エノケンの孫悟空(TV版) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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