2020年02月25日

「空飛ぶ円盤」という訳語はいつできたのか

かつて東北電力が発行していた情報誌「白い国の詩」2003年12月号に北村小松に関する記事があるというので国会図書館から複写を取り寄せてみた。筆者は米田省三氏という日本近代文学会会員の方だが、我々が今日でも目にする九割方の解説(Wikipediaを含む)と同様に戦前の業績にしかスポットを当てていない――要は戦後の19年間がほぼ空白のものだった。それよりも気になったのが「北村小松は『空飛ぶ円盤』という言葉の名付け親である」という事実誤認を書いてある点である。北村氏が円盤の事を知ったのはマンテル事件以降で、その頃には既に日本でも「空飛ぶ円盤」という単語が話題の新語として浸透済みだった(宇宙人の乗り物としてではなく、科学時代の人魂、不知火、狐火というべき不思議現象として)。どちらかというと、欧米で使われている「UFO」という略称を最初に日本へ紹介したのが北村氏であろうから、推すならその点を推すべきだろう。
ところが誰が言い出したのかはわからないが、北村氏が「空飛ぶ円盤」の名付け親のように語られることがしばしばある。青森県近代文学館の発行したパンフレットでは北村氏の御令嬢様より寄せられた寄稿にもこのくだりが出てくる。記憶違いか、ずっと後になって誰かから吹きこまれたのを信じ込んだに相違ない。

では実際に日本で誰がいつ Flying Saucer を「飛行皿」でなく「空飛ぶ円盤」と訳したのかというと、名だたるUFO研究家の間でもはっきりと起源を断定できないらしい。とあるUFO研究の大家からは「この言葉は戦前にはもうあったらしい」という示唆が与えられたそうだが、ソースまでは出てこなかったようだ。
全ての「空飛ぶ円盤」のはじまりであるケネス・アーノルド事件の起きた1947年6月24日から12日後の7月6日、アメリカでのUFO騒動がようやく日本のマスコミでも報じられた。もうこの時点ではUFOはアーノルド一人のものではなく全米を挙げて見たの見ないの大騒ぎになっていたため、ケネス・アーノルド事件を指して報じる記事ではないが、記事の見出しが説明もなくいきなり「空飛ぶ圓盤」! これが日本での初報道である。画像はたまたま取り寄せた九州タイムズの複写記事だが、元はAP通信による外電記事なので東京タイムズの同日にも同じ記事があるそうだ。

FlyingSaucer.jpg
空飛ぶ圓盤
【ニューヨーク四日発AP=共同】今週來アメリカ各地で輝いた円盤樣の物体が空高く物すごい早さで飛んで行くのを見たという報道がひんぴんと傳わりアメリカ國民に疑惑を抱かせている、最近では定期空路の乘組員達がこの「飛び行くコーヒー皿」を見たといゝ、またこれを寫眞にとつたという沿岸警備隊員も現れて、いよいよ好奇心をそゝつている
 ワシントンの海軍監督所では「これは天文学的な現象ではないと思う」と語つており、陸軍当局では三日以來事件の眞相調査を開始した、一部ではこれは「飛び行くパン・ケーキ」という海軍の新型機ではないかとの説もあるが海軍側では同機はまだハートフォードに一機あるだけだからそんなはずはないと否定している


翌月の雑誌でもちらほらと空飛ぶ円盤の話題が取り上げられるようになっていたが、時事通信社の「WORLD NEWS 時事英語通信」にコラム「略語と新語」を連載していた三輪武久は同誌1947年8月15日号で「Flying Saucers」を近頃話題の言葉として取り上げ、その文中で「Flying Saucers」を「空飛ぶコーヒー皿」、「flying discs」を「空飛ぶ圓盤」として2つの表現があることを紹介している。
また「旬刊ニュース」29号(1947年8月)の特集「どれが本物か?『空飛ぶ円盤』集」でも同様に「空飛ぶ圓盤(flying disc)」と「空飛ぶ皿(flying saucer)」の二語があることを紹介している。どちらもリアルタイムのアメリカの動静を伝えようとする記事であり、現地アメリカに2つの名称が存在することに戸惑いつつも、念のため両方を紹介しているのはジャーナリストとして非常に真摯な姿勢だといえる。

そこでいまいちど夕刊各紙に立ち返ってみると「新潟日報」1947年7月14日号、7月15日号「九州タイムズ」1947年7月23日号、8月3日号、これらすべて「空飛ぶ圓盤」で統一されており「空飛ぶ皿」の表記は無い。どうやらAP通信からのソースが「Flying Disc」で統一されており、各社の日本語訳も原文に忠実に従ったにすぎないようだ。時々失念してしまいがちだが、この時点ではまだGHQが日本のメディアに対し検閲を行なっている。原文が「Flying Saucer」となっているものをリスクを冒して「空飛ぶ円盤」に意訳するとは考え難い。

では「Flying Saucer」の出どころは何かというと、これも同じくケネス・アーノルド事件を報じる新聞記事だ。英語版Wikipedia「Kenneth Arnold UFO sighting」の頁には世界で初めて空飛ぶ円盤の目撃事件を報じたと見なされているシカゴ・サン紙1947年6月26日号の画像が掲載されており、その見出しは「Supersonic Flying Saucers Sighted by Idaho Pilot」となっている。アーノルドが説明した「水面を皿が跳ねるような飛び方」が曲解された結果生まれた単語であることは今や誰もが知るところだ。

ところがその後に続く報道各社の表記が「flying disc」派と「flying saucer」派で真っ二つに分かれていく。
UFO関係の資料を集めた海外のサイト「ROSWELL PROOF」には当時の円盤関係の報道が端的にまとめられており、先述のシカゴ・サン紙に続くUFO関連記事が「saucer」派か「disc」派かを抽出してみたところ、いずれもせめぎ合っていて2週間弱ではどちらか一方に収束しそうな兆しは見られなかった。当初はUP通信に「saucer」、AP通信に「disc」が多かったようだが、日数が経つと読者の理解を促すためか「saucer」と「disc」を併記する記事がちらほら現れるのも興味深い。

・6/27 ロディ・ニュースセンティネル紙「Flying Saucer」(UP通信からの配信)
・6/27 ユージン・レジスターガード紙「Flying Discs
・6/27 スポケーン・デイリークロニクル紙「Flying Piepans」(空飛ぶパイ皿)
・7/1 ピッツバーグ・ポストガゼット紙「Flying Saucers」(UP通信からの配信)
・7/1 フォートワース・スターテレグラム紙「Flying Discs
・7/1 ロズウェル・モーニングディスパッチ紙「Flying Disks」(※diskはアメリカ英語でのdisc)
・7/1 オースティン・アメリカン紙「Flying Disks」(AP通信からの配信)
・7/2 フォートワース・スターテレグラム紙「Flying Discs
・7/2 エルパソ・タイムズ紙「Flying Disc」(AP通信からの配信)
・7/3 リッチランド・ビレッジャー紙「Flying Disks
・7/3 ピッツバーグ・ポストガゼット紙「flying saucers
・7/4 モントリオール・ガジェット紙「flying saucers
・7/4 ツインフォールズ・タイムズニュース紙「Saucers
・7/5 ビリングス・ガゼット紙「Flying Saucers」 (※Mysterious Discs とも併記)
・7/5 ワシントンポスト紙「flying saucers」と「flying discs」の併用(UP通信からの配信)
・7/5 アビリーン・レポーターニュース紙「flying saucers
・7/6 ポートランド・オレゴニアン紙「flying discs」(INS通信からの配信)
・7/6 デンバー・ポスト紙「flying disc
・7/6 デンバー・ロッキーマウンテンニュース紙「Flying Discs
・7/6 ローガンズポート・プレス紙「Flying Saucers
・7/7 ウィニペグ・フリープレス紙「Flying Discus」と「flying saucers」の併用
・7/7 ガストニア・ガゼット紙「Flying Saucer
・7/7 ルイストン・デイリーサン紙「Flying Saucers
・7/7 メアリーズビル・イブニングトリビューン紙「SAUCERS」と「Flying Discs」の併用
・7/7 ビデット・メッセンジャー紙「celestial saucers(天の皿)」と「flying discs」の併用
・7/7 メルボルン・ジ・エイジ紙「Flying Saucers」(豪AAP通信からの配信)
・7/7 エリリア・クロニクルテレグラム紙「flying saucers
・7/7 ロチェスター・ニュースセンチネル紙「Sky Discs(空の円盤)」
・7/7 シカゴ・デイリータイムス紙「Flying discs」を見出しに、本文に「flying saucers」を使用
・7/7 ソルトレイクシティ・デザートニュー紙「Discs」を見出しに、本文に「flying saucers」を使用
・7/7 オックスナード・プレスクーリエ紙「flying "saucers"
・7/7 サンマテオ・タイムズ紙「Flying Discs」(AP通信からの配信)(※本文は"flying saucers"
・7/8 シカゴ・サン紙「flying disks
・7/8 ワシントンポスト紙「Flying Saucers
・7/8 ステーツビル・デイリーレコード紙「Flying Saucers」(UP通信からの配信)
……
※情報ソース:http://www.roswellproof.com/

結局のところ日本へは最初に「Flying Disc」を用いていたAP通信社の外電が入ってきたのでこれを直訳した「空飛ぶ円盤」が定着し、欧米では「Flying Saucer」と「Flying Disc」が拮抗していたものの何らかの理由で「Flying Saucer」へ収束していった……というのが無難な落としどころだろう。

もちろん、1934年の米「ネメス・パラソル」(Nemeth Parasol)や1944年の独「ザックAS-6」(Sack AS-6)といった円盤翼飛行機がケネス・アーノルド事件以前の日本で記事になり、その際に「空飛ぶ圓盤」という表現が使われた可能性も考えられないことはない。だが、その記事が日本中あまねく広まって「空飛ぶ円盤」という単語を日本人の常識レベルに浸透させたか、といえばいささか疑問である。
posted by 猫山れーめ at 22:12| Comment(0) | 空飛ぶ円盤(総合) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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