2019年12月02日

ロシアの科学雑誌に載った光子ロケットとスタニスワフ・レム

50~60年代、日本の雑誌書籍で紹介される「光子ロケット」といえば、垂直に伸びたタワーの尻尾にパラボラを据え付けたデザインのものが多かった(というか同じ絵の流用)ような気がする。
1957年12月25日発行の三一書房刊「ソビエトの人工衛星・宇宙旅行」のカバー表紙を飾っているものがそれだ。

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表紙イラストを手掛けたのは目次ページによると大塚勇とのことだが、これには元ネタがある。

――その前に本書「ソビエトの人工衛星・宇宙旅行」がどういう本なのか説明しておくと、同年10月・11月のソビエト連邦人工衛星打ち上げ成功を受けて急遽、ソビエト連邦の雑誌や新聞に載っていた宇宙科学関連の記事を集めて翻訳した宇宙科学寄稿の拾遺集である。スクラップ集と言った方が近いのか、アンソロジーというべきか。

いろんな雑誌や新聞から記事を拾っているので筆者も様々だ。フレブツェヴィッチが4件、ドヴロスラーボフが4件、リヤプノーフが2件、パユ・キー、ヤ・ガドムスキー、ヴァルヴァロフ、グシチェフが各1件……最後に「科学朝日」編集部の岸田純之助が1章分を書いている。
書き下ろしらしき岸田純之助を除けば、すべての記事には出典が明記してあり、ヤ・ガドムスキーの「光子ロケット」には「『青年技術』1957.7」から採ったものだと記されている。
「青年技術(Техника - молодёжи、テークニカ・モラドッジ)」は有志によって1933年創刊号から2012年1月号までの実に904冊が全ページ公開されており、出典該当号の1957年7月号を閲覧してみると、まさに「Доктор Я. ГАДОМСКИЙ(ヤ・ガドムスキー博士)」の「ФОТОННАЯ РАКЕТА(光子ロケット)」という記事が掲載されていた。この「青年技術」誌は各国の科学技術トピックスを集めた雑誌なので、この話題のソースがどこの国からの発信かが国名で表示されているのだが、ここには「Польша(ポーランド)」と記してあった。ポーランドのWebサイトで調べてみると、確かにポーランドの天文学者でヤン・ガドムスキー(Jan Gadomski、1889-1966)という人物がいたからこの人が筆者と考えて間違いないだろう。

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http://zhurnalko.net/=nauka-i-tehnika/tehnika-molodezhi/1957-07--num38

「ソビエトの人工衛星・宇宙旅行」では右ページの本文だけでなくカラーイラストの左上に描かれた模式図も忠実に翻訳されていて、この光子ロケットは粒子と反粒子を反応させて発生した光を推進力にするといった説明がなされている。居住区はエンジンから遠く離されていて、その途中にはエンジンから発生する放射線を防ぐ隔壁がしつらえてある。後に公開された映画「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号が異様に長いのも、この頃から考えられていた“核エンジンの放射線から居住区を守るため可能な限り距離をとる”という設計思想に則ったもの。

ここまで整理すると、ポーランドのガドムスキー博士がソビエト連邦の科学雑誌「青年技術」1957年7月号に「光子ロケット」についての記事を寄稿し、その想像図は宇宙科学イラストを数多く手がけるアーティスト、ニコライ・コルチツキー(НИКОЛАЯ КОЛЬЧИЦКОГО、1907-1979)が描いた――ということになるようだ。
※アーティストの名前について、「青年技術」の奥付ではКОЛЬЧИЦКОГО(コルチツコガ)となっているのだが、検索するとКОЛЬЧИЦКИЙ(コルチツキー)としているものが多い。不勉強のため異なる理由がわからず。

この、コルチツキーが1957年6月11日発行「青年技術」1957年7月号センターカラーページ(p33対向)で発表した「光子ロケット」の想像図を大塚勇が忠実に摸写したものが「ソビエトの人工衛星・宇宙旅行」カバーイラストというわけである。

ちなみにこの「青年技術」1957年7月号にはスタニスワフ・レムの戯曲「УЩЕСТВУЕТЕ ЛИ ВЫ, МИСТЕР ДЖОНС?(ジョーンズ氏はいますか?)」という短編SFが掲載されているが、この戯曲の挿絵もコルチツキーが描いている。
ストーリーは裁判所を舞台に、事故で全身を機械に置き換えられたレーサーのハリー・ジョーンズに対してサイバネティック社が「義体の代金が未払いだが彼にはもう支払い能力が無い。現物で回収したい(ジョーンズを解体したい)」と訴えたことから始まる。サイバネティック社はオリジナルのジョーンズがもう脳すら残っていないことから「ジョーンズという人はもういない。ここには電気的に応答する機械があるだけだ」と主張。一方でジョーンズは自分の意思ははっきり存在していることを主張し、たとえば人間は小麦や肉を食べることでやがて自分の肉体に置き換わっていくが、その小麦や肉の代金が未払いだからといって同じ分だけ人間の肉を切り取ってよいわけがないと反論する。さて裁判所の判断は……?という「テセウスの船」ネタのようなお話。
日本で収録されている出版物はないようだが、かつてイギリスBBCのテレビドラマシリーズ「Thirty-Minute Theatre」でドラマ化されたことがあるらしい。

posted by 猫山れーめ at 19:30| Comment(0) | 空想宇宙科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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