2021年02月18日

元々社(最新科学小説全集)の小ネタ

本棚の整理をしていたら1冊だけ久保書店のQ-Tブックスが出てきた。ロバート・ムーア・ウィリアムズ「宇宙連邦捜査官(The Chaos Fighters)」だ。はて、どうしてこれ1冊だけを買ったんだろう……思い出せない。
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たしか原題を検索するとこの邦題で単行本が出ていたから古書で注文した……ような気がする。S-Fマガジンに載ったことのある作品だろうか……いや「宇宙連邦捜査官」は長編だからSFMに掲載されるくらいなら単行本も早川書房から出ているはずだろう。
ということは昭和30年代の一般小説誌に掲載された作品だろうか。SFMが創刊される以前の時代では、マイナーな海外SFの翻訳が「読者層が違うだろ」と思われるような一般小説誌に掲載されているのを屡々見かけたことがある。
たとえば「笑の泉」昭和34年1月号には福島正実の訳でロバート・シェクリン作(※シェクリの誤植だと思うが、目次ページと本文の扉ページの両方ともシェクリになっている)「スペース・ワイフ」が掲載されている。その後、昭和39年と47年に他社アンソロジーで再録されたらしいが未確認。
「実話と秘録」昭和32年12月号では矢野徹が3本の海外SFの抄訳を1本につなげて発表していたが、こちらは早々に手放してしまったので原書が何だったか確認できない。
「文藝春秋」昭和31年5月号にはハーマン・ウォーク作/木下秀夫訳「地球からの移民の末裔」が全文掲載されている。きっと折からの宇宙ブームにあって「ケイン号の叛乱」の作者が7年も前に書いたSF小説にも光が当たり、米国で出版されたという情報を聞いて「文藝春秋」編集部が飛びついたのだろう。その後は早川書房や東京創元社からも単行本化されることはなかったが、昭和51年になって木島始・荒木のり共訳「月で発見された遺書・ロモコメ報告書」として創樹社から出版されていた事を知り、邦訳を読み比べてみたくなって古書で注文したことがある。
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ということは、たとえばジュヴナイルSF――石泉社の少年少女科学小説選集か、講談社の少年少女世界科学冒険全集か、岩崎書店のエスエフ世界の名作か――のように匙加減の異なる邦訳で出版されたことのある作品と読み比べようとして買ったのだろうか?

結論からいうと、この「宇宙連邦捜査官」は読み比べのために買ったわけではなかった。読み比べたくても、比べたい対象は出版されていなかったのだ。「宇宙連邦捜査官」の原書「The Chaos Fighters」は、昭和33年頃に元々社から、元々社の倒産後は東京ライフ社から、「混沌と戦う人々」という題で邦訳刊行予定であった。東京ライフ社版の途絶によって4作品が未刊行に終わったが、そのうち「混沌と戦う人々」だけが後年になっても早川や創元から刊行されていなかったことから、いったい原書は何だったのだろうと考えて辿りついたのが「混沌(chaos)」+「戦う人々(fighters)」→「宇宙連邦捜査官」だったというわけである。

順を追って説明すると、当初「The Chaos Fighters」の邦訳は元々社の最新科学小説全集・第二期第10回配本にあたる第22巻「混沌と戦う人々」(訳者:吉田隆)として刊行が予定されていた。以下、既刊巻末に掲載されたあらすじ紹介を抜粋する。
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「人間、別名霊長類売ります」という看板が或る店先にでていた。人間はどうなるか。天体間の陰険な叛乱計画に対抗して人間の自由と生活を擁護するためにジョン・ホールデンは起ちあがる。今までの古い物理学の観念では理解できないような新しい発明の結果、怪しい武力をもった怪漢が出没して事件が頻々と発生する
何ともまあ……まさに混沌というか、元々社らしいというか、たった数行のあらすじを読んだだけで色々と不安がつのる文章ではある。

元々社は昭和32年2月10日に第二期第5回配本第17巻「沈黙せる遊星」を発行するとその二週間後の2月25日に慌ただしく第7回配本第19巻「文明の仮面をはぐ」を出版。間に入るべき第二期第6回配本第18巻「時間と空間との冒険」は未刊行のまま破綻した。
「時間と空間との冒険」を含む第二期の残り6巻分は東京ライフ社から宇宙科学小説シリーズと叢書名を変えて刊行が予告され、まず「宇宙恐怖物語」が10月31日に発行、次いでようやく「時間と空間との冒険」が12月3日にされ――そこで東京ライフ社版もまた途絶してしまっている。東京ライフ社版のあらすじ紹介は元々社版とほぼ同じだが、訳が拙いと悪評しきりだった元々社版を反省してか単に字数の制約か、言い回しが若干改められている。SF_Gengen03.jpg
「人間、別名霊長類売ります」という看板が或る店先に出ていた、人間はどうなるのだ。天体間の陰険な叛乱計画に対抗して人間の自由と生活を擁護するためにジョン・ホールデンは起ちあがる。今迄の物理学者の観念では理解できない発明がなされ、怪漢が出没する

ちなみにマッコーマース編「時間と空間との冒険(Adventures in time and space)」は昭和41年にハヤカワ・SF・シリーズ(銀背)から刊行される際、邦題が「時間と空間冒険」に変わっている。平成17年には岩崎書店から同名の子供向けアンソロが出ているようだが、マッコーマースの編纂とは記されていないようなので、こちらはおそらく無関係だろう。
参考までに、久保書店版の裏面に記されているあらすじはこうなっている。
ヒーサーとダフナー夫人は、不可解な方法で、いったん消失してから地球にもどったが、同じような目にあいながらハルディンとバーゲンが月に運ばれたのはどういうわけか?
ハルディンは、もう、こうした奇怪な出来ごとに目をつむっていることはできなかった。べつに彼は科学者ではないが、こんな現象が、人工の機械や装置で実現できるとは思えない。一人の女が、空中高く引き上げられ、ボールのような地球を見下ろしたなどということが、どうして起こるのだろうか? 二人の男が、一瞬のうちに地球から月に運ばれたなどということが、どうして可能なのだろうか?<気まぐれ作用>には、このような現象までふくまれているのだろうか?
宇宙空間のたとえようもない寒さがハルディンの心によみがえって来た。
……似たり寄ったりだった。ストーリーどころかタイトルの「宇宙連邦捜査官」にさえ何ひとつ繋がってこない。売る気があるのだろうか?

posted by 猫山れーめ at 18:41| Comment(0) | 古書(SF) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月06日

【注意喚起】DVDトールケースの自然崩壊について

半分“終活”のようなものではあるが、手すきの折をみて若い頃に溜めこんだ趣味のアレコレ――マンガやら本やらDVDやらCDやら、もう観たり聴いたりしなくなったり執着の薄れた物――をヤフオクで処分している。

今日も今日とてメタルラックに並んだDVDから「もうこの先ずっと見ないだろうな……」という物を処分しようと引き抜いていたのだが、あるDVD-BOXを手に取ったとき指先の感触が変なことに気がついた。
トールケースが割れている……?

このとき手に取ったものは2007年にエムスリイ エンタテインメントから発売された「まぼろし探偵」DVD-BOXだった。
当時スバック発売のジュエルケースDVD-BOX「まぼろし探偵ベストセレクション」を持っていた私は後発になるエムスリイ版をスルーしていたのだが、発売から5年も経って、スバックでは前編が行方不明のため収録されていない「クラーク東郷 後編」がエムスリイ版には映像特典扱いで収録されていると知り(※2009年にエイベックスからも発売されていたらしいが中身は同じらしいのでチェックはしていない)、ボックスの傷んだ中古品を「クラーク東郷 後編」目当てに購入したのだ。私は映像特典の「クラーク東郷 後編」だけを見て満足してDVD-BOXをメタルラックに仕舞い込んだ。以来、9年近く一度もこのDVD-BOXを手に取っていない。

ボール紙のケースからDVDを取り出すと、とたんに異臭が広がった。と思う間もなく足元へ黒い破片がバラバラと散らばるではないか。
トールケース本体が劣化してもろくなっているのだ!
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CDやDVDは何百枚と扱ってきたが、ジュエルケースでディスクを保持するツメが劣化のため折れてしまう事は何度か目にしている。しかしトールケースが割れたなどというのは見たことも聞いたこともなかった。手に取ってみると指で軽くつまんだだけなのにポリッと折れてしまう。まるでウエハースでできているかのような感触だ。
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以前なにかのネットニュースで、CDのジュエルケース内に敷かれたスポンジが劣化してCD盤面を冒してしまい再生不能になったという注意喚起の記事を目にしたことがあった。ボックスから出した時に異臭が広がったとき、まず頭に浮かんだのは樹脂に含まれていた可塑剤が揮発したのではないかという事だった。それがDVDの盤面を冒して再生不能にされているのではないか――と思うと血の気が引いた。恐る恐る盤面を確認してみると、幸いなことに癒着や記録面の侵食は見当たらず、DVDプレーヤーに掛けてみると6枚とも無事に再生することができた。また、トールケースのカバージャケット用紙や封入特典のスチル写真1枚、トールケースの表面にある透明ビニールにも影響は見られなかった。トールケース本体の黒い樹脂だけが外見を保ったまま、乾ききったように脆くなっていたのだった。

DVD-BOXの中のトールケースすべてが完全に崩壊していたわけではなかった。 全6本のうち4本は完膚なきまでにボロボロだったが、残り2本のトールケースはまだ形が保たれており一見したところ通常の使用に耐えるかのようにも思われた。ただ、念のため……と思って少し強めに力をかけると簡単にひびが入ってしまい、またカバージャケットを入れる透明ビニールも少しの力で簡単にケース本体から剥ぎ取れてしまった。結果的にボックス内のケースは等しく劣化していたことになるが、うち4本は隅々まで完全に砕くことができるほどなのに対し、2本は比較的強度を保っていたという、劣化の度合いに明瞭な差が生じた理由については思い当たる節がない。

ひとつだけ言えるのは、物乾し台で放置された洗濯バサミのように直射日光下に長期間晒していたわけではないにも関わらず、9年程で樹脂が崩壊してしまうトールケースも存在するということである。ボール紙製のボックスで半密閉され揮発性のガスがこもったことも原因の一つとして考えられるが、同じ条件下でボックスに納まっていたケースに明らかな劣化の程度の差が生じていたのも不思議だ。製造元かロットが異なるトールケースが混在していたのかもしれない。

DVDを大量にお持ちで何年も手に取っていないという方は、一度トールケースの状態をチェックしてみるのが望ましいのではないだろうか。

【追記】
ブログを書いたあと崩壊したケースの掃除をしてDVDを手近な空きケースに収納していたのだが、どうも最初に感じた“異臭”の出どころはDVDの盤面のような気がしてきた。盤から揮発したガスがトールケースの樹脂を冒したのだろうか?

posted by 猫山れーめ at 00:00| Comment(0) | DVDディスクの劣化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月01日

銀背(ハヤカワ・SF・シリーズ)の小ネタ

今から35、6年ほど前、高校生だった私は80年代のSF小説にあまり馴染めず、古本屋で300円から500円くらいまでのあまり高くない値が付けられていた新書“ハヤカワ・SF・シリーズ”を買って読んでいた。ご存じない方のために説明すると早川書房が昭和32年12月から昭和49年11月にかけて発行していたポケミス(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)のSF版で、背表紙が銀色であることから通称「銀背」と呼ばれていた。このシリーズでは「銀背」の他にも「金背」といって金色の背表紙を持つ古典SF作品もあるのだが、特に意識して分けない限り「銀背」と呼べば「金背」の作品も含むと考えてよい。

読み終えた銀背を本棚に並べて眺めていると、背表紙の六角形をしたシンボルマークに〈HF〉と〈SF〉の2種類があることに気がついた。どうやら「ハヤカワ・SF・シリーズ」は当初「ハヤカワ・ファンタジイ」というシリーズ名で発行されていたことがあり、〈HF〉はその略称だったようだ。今はもう無いシリーズ名だと思うと妙に〈HF〉マークの銀背が貴重に思えてきた。高校を卒業し、大学入学・就職と月日が流れるに従って昔せっせと集めた銀背も本棚の肥やしとなり少しずつ処分してしまったけれども、〈HF〉マークが付いた銀背は手放す気になれず、今日まで手許に残っている。

何年か前に銀背のあれこれについてネットサーフィン(※死語)していると、銀背の研究や分析をしている人が世の中にたくさんいることを知った。特に大森望氏のホームページで紹介されている「◎叢書の研究1 ハヤカワSFシリーズ(ハヤカワ・ファンタジイ)」などは、なぜこの作品がこのタイミングで刊行されたり重版がかけられたのかが判りやすく丁寧に解説されており、こういう視点があったのかと目からウロコが落ちる思いがした。雨宮孝氏のホームページの出版社索引下に纏められている「早川書房/ハヤカワSFシリーズ 1957-1974年」などは初版刊行年ごとに区切られた抜群の分かりやすさに加えて作品名をクリックすれば関連する掲載書などもわかる。おかげさまで、とある作品について調べ事ができ「この一本のために紙本を買わなきゃいけないのか……古書価格も総じて高いなぁ」と思っていたものが、実は自分の積読SFマガジンに掲載済みだったことがわかって注文せずに済んだという事が二度三度あった。安田ママ氏のホームページ下にあるダイマジン氏のコラム「《ハヤカワ・ファンタジイ》大図鑑 その1」は〈HF〉の頃の初期9冊の初版極美品であろう、帯つき・書名入り刷り函の書影を惜しげもなく公開してくれている。眼福という他ない。

まぁそんなこんなで先人の研究者による教示を拝読しつつ、手許に残った銀背や欠けたナンバーを補完しようとオークション等の出品画像を見比べているうちに、あの〈HF〉マークの「ハヤカワ・ファンタジイ」が〈SF〉マークの「ハヤカワ・SF・シリーズ」に切り替わったタイミングがだいたい解ってきた。端的にまとめると次のようなものである。
  • 「ハヤカワ・ファンタジイ」だったのはNo.3031の「最終戦争の目撃者」(1962年3月15日発行)までで、次のNo.3032「太陽の黄金の林檎」(1962年4月30日発行)から「ハヤカワ・SF・シリーズ」となった。
  • その際、表紙下部の黒帯の白抜き文字は「A HAYAKAWA POCKET FANTASY BOOK」から「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」へ、背表紙のシンボルマークは〈HF〉から〈SF〉に変更された。
  • だがNo.3032「太陽の黄金の林檎」の初版ではデザイン変更の手が回り切らなかったのか背表紙のマークだけが〈HF〉のまま残っている。
私個人としては高校生の頃の〈HF〉の疑問が無事に解決してめでたしめでたしである。ところが、確信を得るために銀背の蔵書やオークション等の出品情報で得たデータをExcelで整理しているうちに、新たな疑問が3つほど生じてきた。こちらはもう別に解決を望む気もないが、広大なネットのことだから何らかの天啓を欲している方がこのページを見てヒラメキを得るやもしれぬと思い、無責任とは重々承知の上でも問題提起だけ書き記しておくことにしよう。


ひとつは、通しナンバーが後の本が前の本より先に発行されているケースがいくつもあること。権利処理等に遅れが生じて発行予定がズレたのだろうか。
ちなみに最初の100巻あたりまでの中でナンバーと発行年月日の昇順が入れ替わっている巻には下記のようなものがある。
  • No.3011「時間溶解機」(1959年3月31日発行)>No.3010「宇宙病地帯」(1959年5月31日発行)
  • No.3024「刺青の男」(1960年11月30日発行)>No.3023「海底牧場」(1960年12月15日発行)
  • No.3043「宇宙恐怖物語」(1962年12月31日発行)>No.3042「アーサー王宮廷のヤンキー」(1963年1月31日発行)
  • No.3057「地底旅行」(1963年10月31日発行)>No.3056「宇宙戦争」(1963年11月15日発行)
  • No.3063「天の光はすべて星」(1964年2月29日発行)>No.3062「第四間氷期」(1964年5月31日発行)
  • No.3069「破滅への2時間」(1964年5月31日発行)>No.3068「虎よ、虎よ!」(1964年6月15日発行)
  • No.3091「ソラリスの陽のもとに」(1965年7月25日発行)>No.3090「裸の太陽」(1965年7月31日発行)
  • No.3093「勝利」(1965年8月20日発行)>No.3092「闇よ、つどえ」(1965年8月31日発行)
  • No.3097「明日を越える旅」(1965年9月25日発行)>No.3096「18時の音楽浴」(1965年9月30日発行)……etc.


ふたつめは、奥付に貼られている検印証紙の廃止基準についてである。
検印証紙を初版の段階で最も早く廃止したのはNo.3037「地球の緑の丘」(1962年7月31日発行)だった。そのあともNo.3038「人間の手がまだ触れない」(1962年9月30日発行)、No.3043「宇宙恐怖物語」(1962年12月31日発行)、No.3048「ロスト・ワールド」(1963年5月31日発行)、No.3054「われはロボット」(1963年9月15日発行)、No.3056「宇宙戦争」(1963年11月15日発行)、No.3061「わが手の宇宙」(1964年2月15日発行)……と検印を廃止しているケースが散発的にみられはするものの、1964年初頭まではまだ奥付に検印証紙があるケースが多かった。この期間に発行されている銀背では再版の場合も初版同様に証紙ありというケースが見られる。

これが1964年5月以降になると検印廃止が基本方針となり、検印証紙を続けているほうが希……という逆転現象が起きている。1964年5月以降に発行された銀背で初版奥付に検印証紙が用いられているものを挙げてみると、No.3068「虎よ、虎よ!」(1964年6月15日発行)、No.3071「妖精配給会社」(1964年7月31日発行)、No.3076「審判の日」(1964年11月15日発行)、No.3078「高い城の男」(1965年2月15日発行)、No.3095「準B級市民」(1965年9月15日発行)、No.3097「明日を越える旅」(1965年9月25日発行)、No.3096「18時の音楽浴」(1965年9月30日発行)……と、あるにはあるが数える程しかないと言ってもよい。

これらを時系列で見れば何年何月の発行を境に証紙のあるなしを分けられるものと思っていたが甘かった。日付はもちろんのこと、作者・訳者の国籍も証紙の有無には無関係のようであり、検印廃止か否かの線引きの基準が何も思い当たらないのである。1965年以降の銀背では検印証紙が完全撤廃されたのかといえばそうでもなく、No.3046「人間以上」は1965年1月31日発行の再版でも検印証紙を用いている。No.3065「華氏451度」は1967年7月31日発行の再版に証紙があり、同年10月31日発行のNo.3033「タイム・マシン」は第7版を数えてもなお証紙が健在である。そして驚くなかれ、No.3096「18時の音楽浴」の再版に至っては1972年6月30日発行(銀背の最後を飾るNo.3318「殺意の惑星」刊行の2年前!)にも関わらず検印証紙が用いられているのである。


みっつめはNo.3046「人間以上」のレア版存在疑惑について。
先に触れたとおり1962年4月30日発行のNo.3032「太陽の黄金の林檎」以降、銀背では表紙下部にある黒帯の白ヌキ文字は「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」で統一されているが、No.3046「人間以上」の第4版(1969年2月28日発行)では誤ってハヤカワ・ポケットミステリの版下を使ってしまったのか、白ヌキ文字が「A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK」となっている。背表紙や裏面は従来のハヤカワ・SF・シリーズと変わりはない。

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(※上記の画像は2017年12月8日 20時30分に落札されたヤフオクの出品画像である)

たまたまネット上で画像を見かけた後、まさかコラ画像ではないだろうとは思いつつも、確認のためAucfreeで過去の出品事例を検索してみたところ、ヤフオクでは2015年6月から2021年1月までの5年8ヵ月の間にハヤカワ・SF・シリーズの「人間以上」が31件落札されており、そのうち5件落札されていた第4版(1969年2月28日発行)のすべてが「A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK」であった。一方で、初版(1963年4月30日発行)10件、再版(1965年1月31日発行)6件、第3版(1967年6月30日発行)3件、第6版(1971年6月30日発行)7件はいずれも「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」となっている。

またメルカリでは3件がヒットしたがそれぞれ2版・3版・言及なしで、表紙の文字はいずれも「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」。「日本の古本屋」では画像確認がほとんどできなかったが、在庫なしも含めてヒットした17件の版数の内訳は初版8件・再版2件・第3版1件・第4版3件・第6版2件・言及なし1件であった。

これらを統合して考えると、まず銀背「人間以上」の第4版だけがポケミス仕様になっていることは間違いなく、またネット上での取引が確認できる51件のうち最も多いのは初版で35.3%、次いで多いのが再版と第6版で各17.6%。第4版は第4位で15.7%、そのあと第3版の9.8%と続いている。市場への露出度だけ見れば、問題の第4版はそれほどレアとはいえず、ヤフオクでの落札価格も290円~500円と極めて大人しいものであった。

……はて、第5版が一冊も検索に出てこないのはどういうわけか。もしや、第5版のほうがよっぽどレアな存在なのではないだろうか?
たとえば第5版を刷ったあとになってポケミス仕様になっていることが発覚し、回収の憂き目に遭ったのではないだろうか……などと余計な邪推が脳裏をよぎる始末。もし銀背「人間以上」の第5版をお持ちの方がいらっしゃれば、表紙の白抜き文字がSFシリーズかポケミスなのか、コメント欄にてご教示賜れれば幸いです。


【追記】
ポケミス仕様「人間以上」第4版の発行日と同じ1969年2月28日には他にNo.3028「超能力エージェント」第4版やNo.3051「墓碑銘2007年」第3版、No.3061「わが手の宇宙」第3版、No.3071「妖精配給会社」第4版なども発行されているが、表紙の白抜き文字はいずれも「A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES」であった。今のところポケミス仕様の表紙が見られるのは「人間以上」第4版だけのようである。
posted by 猫山れーめ at 20:24| Comment(0) | 古書(SF) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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