2021年04月12日

53年前の資料系同人誌「TVSF番組名鑑」全文再録

同人誌のうち、創作ではなく記録や調査研究を掲載した資料的価値が生じているものは現在「資料系同人誌」というジャンル名で呼ばれている。資料系同人誌と呼べるもの自体は昭和の昔から発行されていると思うが、ジャンルとして注目されるようになったのは2009年に大手古書店「まんだらけ」の主催で資料系同人誌即売会「資料性博覧会」が開かれるようになってからだろう。この催しは年一回のペースで続けられており今年で12年目を数える。

特定分野のファンによる同人誌は1980年代まで「ファンジン」という通称で呼ばれていた。英語版Wikipediaで「Fanzine」の解説を読むと1940年10月にラス・ショーヴネがSFファンダムで用いた造語が発祥だという。この英語版Wikipediaの「Fanzine」は日本版Wikipediaにリンクされておらず、日本版Wikipedia「同人誌」から英語版Wikipediaにリンクされている項目は「Doujinshi」となっている。アチラのニュアンスでは何が違うのかと斜め読みしてみたが、由来はともかく現在ではこれといって創作・二次創作・記録研究との違いではなさそうだ。現状ではどうも映画やロックミュージックといった三次元分野のファン同人誌が「Fanzine」、漫画やアニメなど二次元分野のファン同人誌が「Doujinshi」として棲み分けられているようにも感じる。一方、日本ではファンジンという呼び方は廃れてしまい、商業出版でなければ全て「同人誌」で一括りにされているような感がある。機関紙・会報・ミニコミ誌は個人が発行しても通常「同人誌」とは呼ばれないが、それは本来目的としている掲載内容が会員同士の情報共有や連絡周知だからであり、継続的に創作や研究発表の場として使われるようなら「同人誌」と呼ぶのが相応しい場合もある。

話が取っ散らかってしまったが、SFファンジンのうちSF作品についてデータを記録収集したり研究結果をまとめた同人誌、つまり今でいう資料系同人誌はいつ頃から存在していたのだろうか――というのが今回のお話。

朝日ソノラマ刊「季刊 宇宙船」1980年2月創刊号ではSF映画のファンジン特集が組まれ「PUFF」「衝撃波Q」「コロサス」等の主宰者座談会や論文が再録されている。何年か前にテレビドラマとなった「怪獸倶楽部」の発足は1975年らしい。機関紙や会報も含めるなら1953年発足の日本宇宙​旅行協会会誌「宇宙旅行」や1956年発足の日本空飛ぶ円盤研究会会誌「宇宙機」も誌面にデータの記録収集・研究報告がみられるが、テレビ番組の放映データ紹介はあくまでもワン・コーナー扱いなので会報そのものを資料系同人誌と呼ぶのには少々無理がある。「宇宙機」では柴野拓美がまるまる1ページを費やして邦画特撮「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」をレビューしたりもしているが、冊子のすべてをSF作品の記録研究に費やした同人誌はまだ現われていない。ちなみに「宇宙機」から柴野拓美らを中心にSF小説愛好家が枝分かれしたのが科学創作クラブ会誌「宇宙塵」なので「宇宙機」には「宇宙塵」の広告がよく載っている。

少なくとも資料系同人誌の歴史はここまでさかのぼれる、という一例を入手したので紹介したい。下記書影は「怪獸倶楽部」が発行される7年前、第一次怪獣ブーム真っ盛りの1968年に発行された同人誌「TVSF番組名鑑」である。
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内容は誌名が示す通り、国内でテレビ放映されたSF的要素を含む番組を可能な限り収集列記した総目録である。発行日は1968年3月1日となっているが、掲載されている番組に1967年以降のものがないため、おそらく1966年末頃には編纂が完了していたと推測される。
著者は当時の「宇宙塵」会員であり現在も「ハードSF研究所」公報誌上で古典SFに関する執筆を続けているSF研究者の大先輩、島本光昭氏。各作品に添えられている寸評は相当な辛口だが、それらは全て1966年当時の視聴者が抱いた飾らない生の感想である。後の特撮ブームやアニメブーム、ハリウッド製大作SF映画を体験した後ではそれらがバイアスとなりかねないので、リアルタイムの感想は貴重な歴史の生き証人といえるだろう。
シャボン玉ホリデーの番組中に放送されていたという「鉄腕P」や、小松左京原作の「ああ夫婦」、三島由紀夫原作の「美しい星」、安部公房原作の「お気に召すまま」なども等しく取り上げている点には、当時のSFファンが持つ視座が現在「SF番組」とカテゴライズされている番組の視座とは異なるものであることを予感させないだろうか。着眼点の差異といえば、「ウルトラマン」の題名を「ウルトラQ・ウルトラマン」と表記してあるのも、なるほど先入観なしにあのOPを見たらそう受け取る人もいるかも……と納得することしきりである。

今回、著者である島本光昭氏のご厚意で「TVSF番組名鑑」の内容をJESFTV・日本初期SF映像顕彰会のウェブサイトに転載させていただけることになった。当方が入手した原本は謄写版印刷の紺色インクが所々掠れ、また本文の更紙が経年で変色しており、あまり閲読向きの状態ではないこともあり、Web再録にあたっては全文をテキストに打ち直し、索引を設けて希望の項目に飛べるよう便宜を図ってある。なお原本に含まれるデータの欠落や誤記は歴史的価値を鑑みて一切訂正していない。私も直したい埋めたいという気持ちを必死で堪えたのでどうかご理解いただきたい。

下記リンクから該当ページに飛べます。
http://jesftv.in.coocan.jp/NOVA_BOOKS.html
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2021年04月07日

「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」まぼろしのロケ地をさぐる

「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」といえば真っ先に思い浮かぶこのスチル、はたしてロケ地はいったいどこなのだろうか……というお話。オチを先に明かすと資料の少なさと現地の変化のため特定には至っていない。それでも良ければ読んでください。
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本作で怪ロボット・ダレスと俳優が絡む海岸シーンは「①太陽族のキャンプに現われる怪ロボット」「②高島・江畑のモーターボート操縦と海中散歩」「③高島・江畑の浜辺での語らいとそれを襲う怪ロボット」の3つあり、劇中の設定ではいずれも駿河湾に面した静岡県の「伊豆の西海岸」ということになっている。
都内各所でのロケについて推測できるような材料はほとんどないが、遠方でのロケは当方のウェブサイト「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃 文章資料集」でも紹介してあるように当時のマスコミでこまめに報道されているため、この中からロケ地を探る手がかりを探してみよう。

マスコミが報道した記事のうち「真鶴での海中撮影」と読み取れるロケは新東宝特殊技術課が昭和31年9月7日に行なったものであることが判明している(日本映画技術協会の機関誌「映画技術」第64号や「朝日新聞ジュニア版」9/30号の記事にて明記)。このとき新東宝特殊技術課が行なったのはプリンプとよばれる防水性の外殻に仕込んだカメラを使っての海中撮影で、これは前月16日から日本で公開され美しい海中撮影シーンが話題を呼んだ仏伊合作映画「沈黙の世界(Le Monde du silence)」に影響されての意欲的な挑戦だったが、水温や水流、透明度など様々な要因によって思うように撮れなかったと前述の「映画技術」誌にスタッフが反省の弁を記している。翌年、新東宝は「海女の戦慄」などでヒロインの水中遊泳シーンを実現しているが、この時の失敗を教訓としたのだろうか、水中遊泳シーンはおそらく海中ではなく水槽を使って撮影しているように感じられる。

本作は9月2日に特撮シーンの撮影からクランクインし、本編撮影は9月6日開始を予定していたが、キャスティング上のトラブルによってずれ込み、「サンケイスポーツ」が9月11日号で「高島忠夫、江畑絢子に決定」と報じるまでは主演俳優すら決定していなかった。このことから9月7日の真鶴ロケには高島・江畑の同行はなかったと推測している。9月18日「新夕刊」の記事では「二人が海中に飛びこむ場面で、神奈川県真鶴海岸で撮影された」と報じられているが、背格好が似ている代役を使えば俳優本人が飛びこまなくても撮影は可能だろう。

真鶴と判明した海中撮影以外で、ロケについて触れた報道には次のようなものがある。
9/22付 名古屋タイムズ「伊豆ロケ、水中撮影からクランク・イン」
9/27付 東京中日新聞「葉山ロケ
10/8付 オールスポーツ「このほど行われた伊豆静浦ロケで、この気味の悪い怪物に抱きすくめられた江畑」(10/9付 夕刊京都も同じ)
10/11付 東京中日新聞「葉山ロケ
11/3付 週刊東京「円盤の中から出現したロボット 強烈な光線を吐き すべてのものを燃焼させるが無気味な姿を葉山海岸に─」

このうち9月22日付「名古屋タイムズ」にある「伊豆ロケ、水中撮影からクランク・イン」の「伊豆ロケ」は、実際のクランクインが真鶴海中ロケで始まっていることから、「伊豆での撮影」ではなく「劇中でいう伊豆西海岸シーンの撮影」という意味であろう。
10月8日付「オールスポーツ」の記事は文脈のまま解釈すれば③のシーン(冒頭で示したスチルと同じ同一ロケ地)が劇中設定のとおり伊豆西海岸の沼津市静浦で撮られたことを指しているようなのだが、国土地理院の空撮を見た限り、静浦には冒頭のスチル写真に見られるような“浜辺の真後ろに断崖が突き出ている地形”が見当たらない。静浦は当時から漁港として栄えている町で、浜辺があればそこには引き揚げられた漁船がひしめき合っており、とても“恋人同士の語らい”に使えそうなロケーションとは思えない。
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この中で最もスチルに似通っているのは現在“多比港新護岸"がある岬の突端(左図の赤枠部分)だろうか。当時はまだ県道414号が貫く多比第一隧道は無く(昭和37年3月竣工)、漁船溜まりとなっている砂浜を越えて突端まで歩いていけばスチル写真に近いロケーションが得られたであろうと考えられる。
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しかし……8年後に関沢新一が脚本を手がけた「モスラ対ゴジラ」の静浦ロケ(劇中では「静ノ浦」)のように漁村を巻き込むほどのメイン舞台となるならともかく、伊豆箱根をわざわざ超えて、こんな小さな岬の端っこの小さな浜辺でデート場面を撮るのだろうか?という疑問が拭えないでいる。「伊豆静浦ロケ」というのはイメージとして伝えた方便か、静浦ロケが実在したとしても冒頭のスチル写真の撮影地とは異なるのではないかと思う。

「東京中日新聞」は9月27日付と10月11日付の記事で「葉山ロケ」と報じている。同様に「葉山」という地名を出しているのが「週刊東京」11月3日号の記事で、文脈から①太陽族のキャンプ地にあらわれる怪ロボットのシーンを指しているようなのだが、このスチル写真の背景に写りこんでいるようななだらかな稜線の見える浜辺(※建築物が間近にみえることから、そう大きくない入り江と思われる)もまた、葉山近辺には見当たらない。実際に葉山町を訪問し、大浜海岸および森戸海岸で地元の方に聞き取り調査を行なった際には、誰もこのような稜線に見覚えはないようであった。
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「葉山」にこだわらなければ、これに近いロケーションが「真鶴」にある。岩海岸(岩海水浴場)は浜辺が描く孤の適度な大きさといい、稜線や建築物の大きさといい、このスチル写真にかなり近い。昭和31年当時は背景にまたがる岩大橋も無かっただろうし、浜の護岸工事や稜線の法面保護工事もされていなかったのだろう。これはあくまで推測であり、確証は得られていない。
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実は私は、冒頭スチル写真のロケ地が葉山町と横須賀市秋谷にまたがる景勝地・長者ヶ崎の南側の浜辺ではないかと、かねてから目星をつけていた。葉山町を訪問したのはGoogleマップのストリートビューや3D表示では確認しきれない確証が欲しかったからだ。
ネット検索で得られる情報によれば昭和30年代までは南側一帯の海岸も海水浴場としてにぎわっていたという。戦前の古写真(絵葉書)では岬にはもっと砂や土が残っており、県道から斜めに降りて行ける道もあり、長者ヶ崎の突端にはりっぱな釣堀が写っている。有名な観光地であれば映画のロケ地に使われることは十分にあり得るではないか。
ところが現地へ行ってはじめて、ここが単なる観光地ではなく、現在では県有トラスト緑地「長者ヶ崎緑地」に指定されており、加えて、岩盤がたびたび崩落し危険であることから付近への立ち入りが禁止されていることを知った。おまけに嘘か本当か「近隣住民がどこからか監視していて不審な人物がノコノコ近づくとたちまち通報されて警察が来るぞ」とまで聞かされたのである。とはいえ岬の周辺の海上には、大学のヨット部かカヌー部なのか一般サーファーなのかわからないが、その道ひとすじとおぼしき人が大勢いる。そういう人であれば地元では不審者とは見られないということであろう。
私は浜へ降りるのは諦め、南側に伸びる秋谷海岸のはるか上にある県道134号線のカーブ手前からデジカメを突き出して眼下を望遠撮影してみた。わりあい冒頭のスチル写真に近い構図の写真が撮れたのでそれで納得することにした。
いま見比べてみると、スチル写真には長者ヶ崎の「突端」(戦前に釣堀があったところ)が写りこんでいないではないか。撮影する角度を変えても突端は写り込むに違いない……やはりこのロケ地は長者ヶ崎ではない別のどこかなのだろうか。
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ちなみに国土地理院が公開している空中写真による長者ヶ崎を昭和21年撮影分・昭和38年撮影分・令和元年撮影分で見比べた印象では、昭和31年当時の長者ヶ崎南岸=秋谷海岸側はおそらく引き潮になれば突端まで歩いて行ける程度には砂浜が現れていたのではないだろうかという気がしている。長者ヶ浜緑地がいつから立ち入り禁止になったのか葉山町役場に問い合わせてみたが、だいぶ昔から立ち入り禁止なのでわかる者がいないという返事であった。
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最後に、昭和31年10月7日付の「西日本スポーツ」に掲載された関沢監督へのインタビュー記事には、葉山ロケと同日に撮影されたのではないかとおぼしきスナップ写真が掲載されている。写真に付けられたキャプションは「空想の所産ロボットの手を握る関沢新一監督」で、撮影地についての言及はない。
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これが仮に長者ヶ崎で撮影されたものだとすると、背景から考えて岬の突端のこの位置(※Googleマップ・3D表示から作成)で撮られたものではないかと思われるのだが――
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写真からもわかるように長者ヶ崎南側に続くと思われる断崖は海水が満ち、そちらから徒歩で来ることはできない。この位置に立つためには長者ヶ崎北側の大浜海岸からボートで上陸するしかなさそうだが、撮影するシーンもないのに着ぐるみを連れてそこまでするだろうか? ちなみに大浜海岸でライフセーバーらしき方に写真を見てもらい、この地形が長者ヶ崎の突端ではないかと尋ねたところ「ああ、全然ちがうちがう」と一笑に付されてしまった。

海岸のロケ地がどこなのか調べるのはもう諦めることにした。数枚のスチル写真と頼りない新聞記事しか情報がないからだ。では、もっと詳しい情報があれば特定できるのだろうか? たとえば特徴的な洋風建築、法人の看板、目立つランドマークなど……。情報が多いに越したことはないだろう。だが近年になって私は「もしかしたら特定できるかも」などという淡い期待に踊らされて永遠に考察沼から抜け出せないのではないか……という漠然とした不安を感じるようになり、いい加減に引き際というものを自覚すべきではないかと自問自答するようにもなってきた。今回、ロケ地が特定できないままでありながら、これまでの考察過程を公開し後続の研究者諸氏に後を委ねる心境に至ったという次第である。

――ここはどこなんだ!
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2021年03月28日

縮小人間ハンター(World of Giants) 放送リスト

1950年代にSFテレビドラマ「空想科学劇場(文春S・F劇場)」「宇宙探検(宇宙パイロット/マッコーレー隊長/宇宙にいどむマッコーレー)」を製作した米ZIVプロダクションは、もうひとつSFテレビドラマ史において特筆すべき作品「World of Giants」を世に送り出している。番組のオープニングコールから「WOG(ウォグ)」と呼ばれることもあるこの作品の邦題は「縮小人間ハンター」という。思いがけない事故で体が6インチの大きさに縮小してしまった主人公メル・ハンターがその隠密性を活かし政府の防諜エージェントとして活躍するという筋書きだ。

特筆すべき――というのは、この「縮小人間ハンター」が“思いがけない事故で特異体質になった主人公が、その能力を活かしてヒーローとなる”という設定に関係している。今でこそありふれたプロットではあるが、テレビドラマ黎明期においては1940年発表のアメコミ作品「グリーン・ランタン」が該当するくらいで、それ以前のヒーローといえば使命のために自らを鍛え抜いたマッチョ・ヒーローか、スーパーマンのような生まれつきのヒーローだけがSFドラマの主人公となっていた。一方、何らかの事故で突然変身したり超能力を身につけたごく普通の人間は、その力を犯罪や破壊に使うようになってしまうものとして描かれることが多かった。「ジキル博士とハイド氏」「透明人間」といった古典はもちろんの事、1955年「原子人間(The Quatermass Xperiment)」、1957年「戦慄!プルトニウム人間(The Amazing Colossal Man)」、1959年「4Dマン(4D MAN)」と当時の怪奇SF映画では枚挙にいとまがない。
ところが従来悪の存在であった透明人間が1958年に英ITP/OF製作のテレビドラマ「透明人間(H.G. Wells' Invisible Man)」でははじめて政府機関のエージェント――つまり“正義の味方”として描かれ(手放しに政府機関の一員となるわけではなく、第一話でいろいろと駆け引きがあるのも良く出来ている)、また1957年の映画「縮みゆく人間(The Incredible Shrinking Man)」では事故の被害者にすぎなかった縮小人間も1959年の本作「縮小人間ハンター」で透明人間同様に政府機関のエージェントとなって活躍することになった。悪人や怪物とみなされていた特異体質人間が「透明人間」「縮小人間ハンター」では一転して正義の味方になるという、「デビルマン」的パラダイムシフトが起きたのである。以後1961年「ファンタスティック・フォー」1962年「スパイダーマン」1968年「電撃スパイ作戦」1973年「600万ドルの男」1976年「ジェミニマン(TV)」etc.……と“思わぬ事故で超能力を得たヒーロー”というジャンルが連綿と続いていくのはご存知の通り。

ところがこの「縮小人間ハンター」、何かどうウケなかったのかアメリカ本国では13話しか作られなかった。米Wikipediaには「Not a success(成功しなかった)」としか紹介されておらず、原因に言及できるだけの情報が記されていない。(※"American Science Fiction Television Series of the 1950's: Episode Guides and Casts and Credits for Twenty Shows"という本にWOGの記事が若干あるようなので、翻訳して何か有益な情報が見つかれば後日追記する。)

現在、米本国でもDVDは発売されていないようだが、Youtubeに第1話「Special Agent」と第13話(最終回)「Off Beat」がアップロードされており、ある程度の内容を窺い知ることができる。第1話「Special Agent」は第一話であるにも関わらず縮小人間の誕生編ではなく、既にエージェントとなったメル・ハンターが任務を受けるところから始まるようだ。メルが縮小人間となった経緯は冒頭のナレーションで語られるだけらしい。現在の目で見ると、メルが鞄で運ばれるところからは1969年の英センチュリー21作品「ロンドン指令X(The Secret Service)」が、猫に襲われる場面からは1968年米アーウィン・アレン・プロ作品「巨人の惑星(Land of the Giants)」が、巨大な電話機の受話器を外して必死でダイヤルを回すシーンからは「ウルトラQ」の「1/8計画」が想起させられる。1957年の映画「縮みゆく人間(The Incredible Shrinking Man)」はもちろんの事、シーンによっては1940年の映画「Dr. Cyclops」を連想したりするかもしれない。巨大な人間と小さな人間がひとつの画面の中で動き回るモノクロ特撮の絵面は見ているだけでも楽しいものだ。
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日本では日本教育テレビ(NET、現:テレビ朝日)で1960年9月17日から毎週土曜19:00~19:30に放送されたが、10月15日の第5話をもって何の終了表記もなく消えてしまっている。日本で放送された際のサブタイトルと、そこから推測されるあらすじを持つWOGの各エピソードとを突合してみると、日本で放送した5本はWOGの第6話および第9~12話に該当するようだ。おそらく日本教育テレビでは最初から全話を放送するつもりはなく、この枠でレギュラー放送していたZIV製作の人気海外ドラマ「バット・マスターソン(Bat Masterson)」に1ヵ月の穴が開いたため、繋ぎとして同じZIV作品の「縮小人間ハンター」を買い付けたのだろう。「空想科学劇場」や「宇宙探検」のように他局で全話放送されたかについては今のところ調査できていない。声の出演は鷲見光保、大宮悌二、翠潤子ほか。

【1960年】19:00 枠
1 09/17 秘密薬品の行方 ……WOG#06「Chemical Story」
2 09/24 落下点へ急げ ……WOG#09「Rainbow of Fire」
3 10/01 人体密輸船 ……WOG#10「The Smugglers」
4 10/08 ニセ札 ……WOG#11「Unexpected Murder」
5 10/15 迫り来る悪魔 ……WOG#12「Panic in 3B」

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2021年03月25日

宇宙戦士コディ(Commando Cody: Sky Marshal of the Universe=ロケットマン・コディ) 放送リスト

「Commando Cody: Sky Marshal of the Universe」はアメリカで1953年に劇場で先行上映されたのち1955年7月16日〜10月8日にかけてNBCで放映された全12話から成る連続SFテレビドラマシリーズである。

日本では「宇宙戦士コディ」の邦題で、1958年にNET(日本教育テレビ、現:テレビ朝日)で放送されている。海外ドラマ史を取り上げた文献の中には「ロケットマン・コディ」という邦題で紹介しているものもあるが、この2つの邦題は「NETでの本放送タイトル」と「他局での放映タイトル」という関係ではない。
まず、NETで本放送が始まった当初、邦題は下記の新聞記事でも紹介されているとおり「宇宙戦士コディ」となっていた。
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わが名は“宇宙の保安官” NETテレビ「宇宙戦士コディ」
NETテレビ きょう午前11時からは、新番組・米テレビ映画「宇宙戦士コディ」。“宇宙の保安官”コマンド・コディの活躍をえがく空想冒険物語だ。
今夜の第一話は「宇宙の敵」。コディ(ジュト・ホールデン、声・青野武)は、地球を侵略しようとする宇宙の敵と戦うため新型ロケットの建造をはじめた。技術者のテッドとジョーンは、司令官ヘンダーソンの許可でコマンドといっしょに働くことになる……。

写真:熱線銃で活躍するコディ(ジュト・ホールデン)と助手ジョーン(アライン・タウン)

ところが本放送第4話から突然タイトルが「ロケットマン・コディ」に改題され、以後NETでの再放送は全て「ロケットマン・コディ」に統一されて現在に至るという次第である。改題の理由はわからないが、あえて邪推するならば……まだ戦争の記憶も残る時代でもあり「戦士」という直訳由来の単語を誇らしく番組名に使うのは教育番組専門局として放送免許を受けた「日本教育テレビ」には相応しくない、と判断されたのかもしれない。
吹き替えでは主人公コディを青野武、ジョーンを前田敏子、テッドを愛川欽也が演じている。

ストーリーについては改めて触れるようなものもない典型的な連続活劇であり、登場する宇宙人の容姿も中世の騎士のようでアナクロ感を拭いきれない。しかし実景と見比べたときに違和感をおぼえにくいというモノクロ特撮のメリットが効果的に発揮されていることは特筆に値する。
たとえばロケットパックを背負ったコディ(の人形)が矢のような一直線でオープンセットの空を飛んで行き、また別の回では光線砲を受けた岩山がグニャグニャに溶けて曲がっていく。実景のつもりで見ていると突然ありえない光景が目の前に現れて「えっ?」と驚く、そんな心地よい混乱を体験できる理想的なセンス・オブ・ワンダーを内包した痛快娯楽SF作品と評してよいだろう。

【1958年】朝 11:00 枠 ※ちなみにアメリカNBCでの本放送も朝11時枠であった。
題名「宇宙戦士コディ」
1 07/14 宇宙の敵
2 07/21 ロケットを盗め
3 07/28 遊星人の逆襲

題名「ロケットマン・コディ」(以後、全話を「ロケットマン・コディ」に統一)
4 08/04 暴風雨作戦
5 08/11 敵ロケットを逮捕せよ
6 08/18 黒い太陽
7 08/25 怪物ロボット現わる
8 09/01 月の基地を爆破せよ
9 09/08 太陽を撃て
10 09/15 北極の嵐
11 09/22 水星を探検せよ
12 09/29 支配者を逮捕せよ

【1958年】夕方 18:15 枠(前番組「アラーの使者」と後番組「狼少年ケン」の繋ぎ)
再1 10/14 宇宙の敵
再2 10/21 ロケットを盗め
再3 10/28 遊星人の逆襲
再4 11/04 暴風雨作戦
再5 11/11 敵ロケットを逮捕せよ
再6 11/18 黒い太陽

【1959年】夕方 16:30 枠
再7 01/06 (サブタイトル不明)
再8 01/13 (サブタイトル不明)

なお本作を語る上ではリパブリック・ピクチャーズがかつて製作した“砲弾型ヘルメットをかぶり背中にロケットを背負って空を飛ぶヒーロー”の登場する連続活劇映画「King of the Rocket Men(1949年6月公開)」、「Radar Men from the Moon(1952年1月公開)」、「Zombies of the Stratosphere(1952年7月公開)」といった各作品についても紹介するべきだが、これらは日本未公開作品であり、当時テレビを見ていた日本の視聴者は他の映画との関係など知らず宇宙戦士コディの活躍だけを楽しんでいたことであろうから今回は取り上げない。
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2021年03月17日

宇宙物語・遊星人M 全話レビュー/第5話「不敵な挑戦」

宇宙物語シリーズその二 遊星人M
第五話「不敵な挑戦」
1957年1月9日(水)20:30~21:00放送

原作:香山滋、脚色:魚住大二、音楽:宇野誠一郎、広告代理店:博報堂、提供:シルバー携帯ラジオ(白砂電機)
制作:大垣三郎、演出:北代博、フロアマネージャ:忠隈昌、AD:柴田馨、デザイン:坂上建司、美術連絡:青山宏央、美術進行:芦田光長、小道具:高橋俊一、衣装:山我幸江、化粧:小松英子、音響:高橋孝・市川昭和・居作昌果、テクニカルディレクター:岩西浩、カメラ(ロケ):糸田頼一・藤波貞夫・中村昭三、ビデオエンジニア:北大路矗、オーディオエンジニア:林清男・須賀良浩、照明:倉本泰司

出演:
浅香(天文台勤務 理学博士)50歳……江川宇礼雄
園部伊都子(その助手)26歳……西朱美
水島亮吉(新聞記者)33歳……沼田曜一
関なち子(その恋人 インターン医学生)23歳……藤波京子
小野寺善樹(国立細菌学研究所長 医学博士)45歳……河野秋武
今井周一(科学小説家 アマチュア写真家)36歳……原保美
今井カズ子(その妹 サラリーガール)21歳……青島純子
寺尾晃(カズ子の恋人 サラリーマン)27歳……相原巨典
遊星人M(惑星ガロア人)……江見渉
守口(動物園守衛)……天草四郎
早野少年(給仕)……山本豊三
ゴリラ……高木新平
小塚(天文台要員)……寺田彦右
警視庁要員……荻原昂
ナレーター……浦野光

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この空のどこかに空飛ぶ円盤すなわち遊星ガロアの宇宙船が保護色を使って停止していると考えた浅香博士はサーチライトを使って円盤を照らし出す実験を「空の怪異対策委員会」で主張。その日の夜半、水島・周一・寺尾をはじめ大勢の野次馬たちが見守る中でその実験が行われた。しかしこの時すでに遊星人Mの空飛ぶ円盤は周一の妹カズ子を乗せたまま地球を遠ざかりつつあった。Mは武器として使っていた病原体に特効薬が作られてしまったことを逸早く察知し、新たな武器を調達する必要に迫られていたのだ。
M「必ず、再びやってくる、あの女のためにも」カズ子「あの女?」M「園部伊都子」
カズ子はMが無自覚な様子で口走ったその言葉を訝しんだ。Mは相変わらず感情を表に現さないようだったが、円盤を操縦している間にもMの頭の中ではだんだんと伊都子に対する執着が大きくなっていったようだった。
M「あの女……そうだ、引き返す」カズ子「えっ、何て言ったの」円盤が大きく方向転換したのを感じ取ったカズ子が聞き返す。「どうしたの……引き返すの?」Mは答えない。「引き返すのね!」目を輝かせて喜ぶカズ子。

一方地上では――浅香博士の予想に反してサーチライトは夜空の中に何も照らし出すことがなかった。何も起こらないことに飽きた路上の野次馬たちは三々五々と散っていく。周一は予想外の結果に自分が信じられない様子だった。寺尾はサーチライトで照らしたという行為が円盤に捕まっているカズ子にとって悪影響とならないか懸念して言う。「Mのやつ、腹立ちまぎれにカズ子さんを……」周一「Mはこれまでのところ、警告したとおりに行動してる……その点は大丈夫だよ」「あんたは信用し過ぎるよ、人を」「人……?」寺尾の言葉に引っかかるものがあったのか、変な顔をする周一。水島がピンときて周一に尋ねた。「今井さん、人でなけりゃ何だと思うんです、Mを」「さぁ……しかし少なくとも……」そのとき寺尾が路傍の闇の中に何かがいるのに気付いて「おやっ、何だ!?」と振り返った。突然のことにギョッとする三人。「どうしたの」「何だか唸り声みたいな……例のゴリラかと」「ゴリラ?」問い返されて考え直す寺尾。「まさかこんなところにねぇ……僕は臆病なんかじゃないですよ? なにしろあのゴリラ、摩訶不思議の術をMから授かってる……」そう言う寺尾の背後から本当にゴリラが姿を現わした! 周一と水島は驚き、ゴリラを刺激しないよう手真似で寺尾に知らせようとするのだが寺尾は気付かない。「そうじゃないですか、第一この大都会の中を逃げ回ってて誰にも見つからないなんて……そうだ、わかった。Mと一緒に円盤の中にいるんだ……何です、どうしたんです?」ようやく二人の様子に気づいた寺尾は振りかえり、驚いて水島にしがみつく。迫るゴリラ、じりじりと後ずさる三人……。ところがゴリラの様子が何だかおかしい。勢いがなく、何だかよろめくような足取りである。周一「こいつ変だぞ、死にかけてるんじゃ……」水島「あっ、そうだ、病気なんだ。遊星人Mの意志が働きかけているときだけ元気な、あの病気なんだ」周一「じゃ、今は……」ドタリとその場に倒れ伏すゴリラ。周一「今はMの意志が作用していないんだ。しかし、なぜだろう……ゴリラが捕まっちゃってもいいつもりなのかしら」水島「もう用済みなのかな」周一「あるいは、作用できる範囲の外にいるのか……もしかすると」周一は夜空を見上げて言う。「もう、円盤はいないのでは……」

円盤ではMが操縦をやめてテレビモニターのダイヤルを操作し始めた。カズ子は円盤がテレビを映せるほど地球の近くまで戻ってきたと喜んだが、そこに映し出された三鷹天文台の様子を見て驚く。「どうしてここは昼間なんでしょう? 私たちがさっき飛び出したのは夜中前で、あれからまだ1時間ちょっとしか経っていないのに」M「時間の収縮が起こったのだ。私たちの飛んだ時間は1時間でも、その間に地球では三日経ったのだ。非常な速さで飛んだから」カズ子はMの話が信じられないのでトリックではないかと疑うが、Mは「今にわかる」とそれ以上の説明はせず、天文台の施設の中から伊都子のいる一室を見つけ出した。「あの女……あの女だ」

園部伊都子の傍らには浅香博士がおり、そこへ周一、寺尾、早野少年が入ってきた。周一は浅香に、昨晩のサーチライト探索で円盤が見つからなかったのは既に円盤が飛び去った後だったからではないかと話し、昨晩遭遇したゴリラが半死半生になっていた一件を伝えた。そのゴリラは昏睡状態で動物園に引き取られていったという。「円盤は地球を去ったというのかね」「ええ、何かの事情で」「君の妹さんを乗せたまま……?」痛いところを指摘されて暗然とする周一。

円盤の中でその様子を見ていたカズ子はせめて自分の声だけでも兄・周一に伝えようとモニターのダイヤルに触れるが、画面は消えてしまう。Mはカズ子の手を静かにダイヤルから除け、音声はこちらから相手には伝えられない事、M自身の意志を伝える時は精神感応で聞こえたように感じさせていることをカズ子に説明した。そしてMが再びモニターを操作すると、今度は動物園のゴリラの檻が映った。檻の前には守衛の守口や警備主任、猛獣使いのシャムラたち数人が集まってなにやら話し合っているのが見える。

そこへ鞄を抱えた関なち子と小野寺博士が園長に案内されて来た。例の熱病の特効薬でゴリラを治療しようというのだ。後ろにはちゃっかり水島記者と亀田カメラマンもついてきている。ゴリラが眠り続けているのを心配する動物思いの守口を、なち子は「大丈夫ですわ。この注射一本で……現に大勢の人が射つと同時に全快してるんですから」と元気づけた。小野寺が注射器を受け取り、シャムラの先導でゴリラの檻に入っていく。

カズ子は、Mがゴリラを治療させまいと遠隔操縦の機械に手を伸ばしたのに気付き、その腕にしがみついて邪魔をするが、Mに「お嬢さん!」と凄まれてハッと手を放してしまう。「……おとなしくせねば、ただではおかぬ」と長い指をヒラヒラさせてカズ子に迫るM。

地上の動物園では檻の中の寝床で眠っているゴリラの様子をシャムラが確かめ、小野寺に向かって頷く。それを受けて小野寺が注射にかかろうとしている――。

Mに迫られてカズ子は後退りしていたが、やがて壁際に追いやられてしまった。カズ子の背中がわずかに壁と触れたとき、Mが手をさっと振り降ろすと途端に怪しい音が響き、カズ子は失神してその場にくずおれてしまう。邪魔者を眠らせたMは急いで遠隔操縦機のもとへ戻り、ゴリラを目覚めさせた。

小野寺が今まさにゴリラへ注射しようとした時、どこからか怪しい音が響いたと思うと、突然ゴリラが唸り声をあげた。一瞬たじろいだ小野寺は、なお注射を射とうとしたが、ゴリラは勢いよく身を起こして立ちあがった。シャムラは小野寺となち子を檻の外へ逃がしながらゴリラに戻るよう命じたが、ゴリラはシャムラなど相手にせず、その場にいた人たちを威嚇しながら檻をから出て木陰へとかくれ潜んでしまった。シャムラは制御不能になったゴリラの射殺を決意し、銃を取りに行ってしまう。ゴリラが殺されてしまうのを憐れんだ守口は、小野寺から奪うように注射器を取って、自らゴリラに注射を射つべくゴリラが隠れているはずの木陰へと単身近寄って行った。ところが……「あれ、どこへ行っちゃったんだ……いませんよ」「そんなバカなことが……他に行きようがないじゃないか。みんな見てるんだもの」「だって、いないものはいませんよ」「変ね。病院の屋上でもMはこんなふうにいなくなったわね」この不思議な現象を目の当たりにして、小野寺は何かの仮説をつかんだようだった。しかし耳敏く聞き返した水島に対して小野寺は「いやいや、単なる憶測にすぎん。というよりも、夢のように架空な理論だよ」と慌てて口を閉ざした。

警察無線では脱走した依然ゴリラが発見されていないこと、厳重警戒のうえ見つけ次第射殺することが全管区に伝えられていた。警戒にあたる武装警官たち――。

円盤の中でカズ子が意識を取り戻すと、Mがモニターのダイヤルを操作していた。殺されていなかったことに安堵するカズ子にMは「殺しはせぬ、無益には。生かしておいて役に立つものは」と言う。「誰があなたなんかの役に立つものですか。ゴリラはどうなったの」と憤慨するカズ子だったが、Mは答えずに浅香たちがいる天文台のあの部屋の様子を映しだした。

浅香「……ガロアなんて遊星は世界の誰もまだ発見したことのない星だ。少なくとも数百光年、いや数千光年の向こうにある小さい星だろうと思われる」寺尾「数千光年……じゃ、そこからやってくるには」早野少年「光と同じ速さで飛んでも数千年かかるんですか」寺尾「大変だ、円盤に乗ってるやつだって死んじゃうじゃないですか、その間に」浅香は微笑んで、周一にアインシュタインの相対性理論を説明するよう促す。伊都子も微笑んで周一の説明を見守っている。周一「今世紀の初めにアインシュタインという科学者が時間収縮率の法則を発見したんだ。それによると、地球の時間と空飛ぶ円盤の中の時間とは、時間の長さが違うんだよ」寺尾「そんなバカな」周一「たとえば光が届くのに百億年かかる距離を、光と同じ速さのロケットで飛ぶとすると、何年で行けるか……」寺尾「やっぱり百億年さ、同じ速さなんだもの」周一「いや、三十三年で行ける。ロケットの中では時間が収縮するんだ……速度が速くなれば速くなるほど、その中の時間は地球の時間の何分の一、何十分の一に縮まってしまう」伊都子が早野少年に「わかった?」と聞くが、早野少年は首を横に振るばかり。寺尾「しかし、ほんとか嘘か誰も経験したものはないんだから……」浅香「いや、ある。現に今も一人……ねえ、今井君」寺尾「今も一人? 誰です」周一「カズ子だ。ガロアの円盤が飛び去ったものとすれば、多分あの時からだから三日経つ……しかし円盤の中のカズ子には、おそらく数時間しか経ってないだろう」

円盤の中でMがカズ子に振る。「その通りだ。お嬢さん、わかったか」カズ子も早野少年のように首を横に振るばかりだ。

そのとき天文台の小塚要員が浅香のもとへ報告に来た。「ただ今ラジオのニュースで、動物園から逃げ出したゴリラが……」周一「えっ、ゴリラが逃げ出した!?」伊都子「まあ、また……」小塚要員「どこにも姿を見せなかったんですが、ついさっき、この近くで見かけたものがあるから注意してくださいと」そこへ水島となち子が慌ただしく入ってくる。「ごめんなさい、ゴリラがまたずらかったんですよ」伊都子「聴きましたわ、この付近に現われたんですって?」周一「Mの仕業だ」水島「もちろん」寺尾「何を企んでるんだ」水島「また浅香博士か、あるいは園部女史……」伊都子「まあ、いやですわ」なち子「悪いわ、そんな冗談言って」水島「いや、どうもあの病院の屋上以来……」一同、それを思い出してギクリとする。

円盤内のカズ子「そうだ、わかったわ……ゴリラに園部さんを攫わせる気ね!?」Mは答えない。

水島はMの円盤がふたたび地球に舞い戻ってきていることを確信し、サーチライトの夜に寺尾が言っていた“空一杯に無数の風船を上げて円盤に当てる”作戦を浅香に提案した。それを試してみるのも面白いと思った浅香は、関係当局へ連絡するために席を立つ。

大喜びで早く風船を上げてほしいと浮足立つカズ子に「その必要はない。こちらから姿を見せてやる」と独りごちるM。

浅香が部屋を出ている間、周一はMやゴリラがなぜ自由自在に姿を隠せるのかについて、科学小説家独自の見地から考えを巡らせていた。水島「また保護色ですか?」周一「いや、少し違う」早野少年「じゃ、わかってるんですね。教えて下さいよ」周一「うん、夢みたいな説明だが理屈には合う」水島「夢みたいな……? 小野寺博士もそう言ってた」周一「小野寺博士も?」水島「面白い! さあ、君の話から聞きましょう」そのとき伊都子がアッと声を上げた。「窓が、今、開きかけたの」すると皆が見ている目の前で窓がスーッと開くではないか。凝然となる一同。水島と寺尾が窓の外を覗いて誰もいないことを確認したが、そのとき空にだんだんと何かが姿を現し始めた。「あっ水島さん、あれは円盤じゃないですか!?」「えっ」「なに、円盤!?」一同が窓へ駆け寄ると、空には円盤が次第に形を現していき、やがてその姿を完全に現した――。

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【解説】
円盤と地上との2元中継のような構成の回。画面の対象が行ったり来たりするので放送局のスイッチャーはもちろんのこと、視聴者もさぞかし目まぐるしかったのではないか。

江見渉(=江見俊太郎)が演じる遊星人Mは細長い指をヒラヒラさせるという描写から一応香山滋の原作に沿った身体的特徴を持つようだが、性格は全く違うようだ。原作のMは魔術師ヨチヤムリを名乗って怪しげな言動で人々を引っ掻き回す怪人物だが、ドラマのMは寡黙で感情をほとんどみせない。宇宙物語シリーズの前作「誰か見ている」で白石奈緒美・戸川弓子・由美川淳一(=朝戸鉄也)が演じた宇宙人“アンチクトン人”が感情をみせない謎の人物として描かれていたことが、本作にも引き継がれているのかもしれない。
ゴリラを演じているのは戦前からのアクションスター高木新平。半年前にも同じラジオ東京テレビの特撮時代劇「猿飛佐助旅日記」で魔人ガラジャードを演じたが、その時のフランケンシュタインばりの特殊メイクは高木氏本人の考案によるもの。翌年からラジオ東京テレビ=TBSで放送が開始されることになる「月光仮面」シリーズで巨獣マンモスコングを演じたのも高木氏である。

今回は特に特撮を駆使した演出はあまりないようだ。冒頭で瀕死のゴリラに遭遇する夜の暗い歩道はスクリーン・プロセスを使用している。生放送劇中で撮影済みフィルムをインサートした場面は1.円盤が地球から遠ざかるところ、2.輝く天体の間を円盤が飛んで行くところ、3.円盤内の壁に三鷹天文台の遠景が映し出されるところの三か所。うち1と2は第4話でも使用したフィルムだろう。今回、円盤のモニター越しに地上の様子を見るシーンが何度かあるが、台本ではシーンによって「テレビ」「素」と注釈が添えられている。おそらく「素」は何も加工を施さない素の演出を指し、「テレビ」と注釈されているシーンは全て円盤のモニター越しに見ているシーンなので、テレビ画面を直接カメラに撮ったかまたはテレビ画面の枠の囲みを合成したと考えられる。下記画像は「遊星人M」から1年10ヵ月後、既にVTRが導入された時代の東芝日曜劇場「マンモスタワー」(作:白坂依志夫、演出:石川甫・蟻川茂男・神永方義)がTBSチャンネルで放映された際のキャプチャだが、黒木本部長がテレビインタビューに答える場面はテレビ画面撮り、奈美がミュージカル番組で歌う場面は合成と、それぞれ異なる方法で表現されていた。台本上での指示の有無は確認していない。みすず書房「季刊テレビ研究」第2号の脚本採録では技術指定に関する記述は含まれていなかった。同書では宇宙物語シリーズでもテクニカルディレクターを務めた岩西浩による技術解説も掲載されているが、VTRとフィルムとの調和に腐心した記述が主であり、このようなテレビinテレビを表現する演出方法についての言及はなかった。screenshot000.jpgscreenshot001.jpg

なお、この第5話から放送時間が木曜ヨル8時から水曜ヨル8時30分へと移動し、スタジオもこれまでの60坪のBスタジオから100坪のAスタジオに代わっている。参考までに台本に記された進行予定によると、ドラマ本編が終わるのが8時57分22秒。そのあと次回予告を8秒とり、8時57分30秒からCMフィルム(1分14秒)、それに続いて横ロールテロップによる「今週の配役」を流す段取りとなっている。この配役紹介は生放送による本編時間が押したり余ったときのクッションの役割を兼ねており、結果的に8時58分48秒から提供タイトル(5秒)を映せるよう進行時間を調節する。8時58分53秒に終了タイトルを表示。ここもまたクッションの役割を兼ねており、アナウンサーが次のようなアナウンスを行なった。
この番組について皆様のご意見やご希望がございましたら、
港区赤坂局区内 ラジオ東京テレビ「宇宙物語」
の係までお寄せ下さいますようお願いいたします。
では来週のこの時間までさようなら
この局アナウンスを担当したのが誰だったかは現時点では判明していない。可能性のある人物を挙げるならば、番組ナレーターであるKRT劇団所属の浦野光、前番組「誰か見ている」でナレーターを務めたKRT局アナの鶴田全夫、生コマーシャル担当者の高橋恵美子……といったところか。

8時59分20秒から次の番組までの40秒間はステーションブレークとなる(詳細は下記「テレビ放送ハンドブック」参照)。CCI_004.jpg
posted by 猫山れーめ at 05:18| Comment(0) | 遊星人M(TV版) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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